第24話 南大陸の砂漠の緑化
ハイランド王国のアーサー王に新書を渡し、両国で友好的な関係を結ぶことに同意を得たマクレーン王子は、帰りの馬車の中で、謁見により得た情報を側近のバイロン伯爵と吟味していた。
「姫がおらぬのは好都合だったな」
「はい。妹君のキャロル様は十一歳、王太子のチェスター王子との婚約を申し出ることもできましょう」
「しかしこの馬車といい、カストリア領内と領外の街道の質の違いといい、やはりエリスは特別なようだな」
カストリアに到着して、ボードルの港町の道と同じ品質の平らに舗装された街道が続く様と、振動すら感じさせぬ馬車には驚嘆したものだが、辺境伯領を出てしばらくすると、普通の街道に変化した。つまりは、カストリア領だけが特殊だということだ。
そんなことができる存在は、ボードルにおいて瞬く間に国内随一の港を建設してのけたエリスをおいて他に考え付かなかった。
「はい。幸い、まだエリス嬢は婚約もまだのご様子。ここは外交により外堀を埋めるのが上作かと」
「そうか。ではバイロンに任せよう」
そう言って、マクレーン王子は馬車の外に目をやり、海路での型破りなエリスの言動を思い出して笑みを浮かべるのだった。
◇
一方、ハイランド王家では思わぬ隣国の出現の対応に苦慮していた。南東を海に面したハイランド王国は、今までは北と西の二国に注意していればよかったが、考えられないほど遠方とは言え、新たに南に海を隔てた隣国ができてしまった。
「しかし、真っ先にカストリア辺境伯の令嬢に白羽の矢を立てるとはエリス嬢を相当重視しているようですな」
宰相のクラークは、親書の内容を確認しつつアーサー王に感想を述べた。
「無理もあるまい。五千キロ先の海の向こう側の国との海路を確立した上で、巨大船舶を建造して先行して貿易をすすめるなど余も予想外であった。そなたの父、ケープライト公も目をつけているそうじゃないか。どう見ているのだ?」
「それはもう、あの辛口の父がベタ褒めです。息子のベネディクトも、カストリアから帰ってくるなり、父の指導のもと目の色を変えて勉学と実践に励んでおります」
そこまで有能となると、国内の貴族ならともかく国外に流出してしまうのは避けねばならない。しかし先方は第二王子を立てている以上、断るには王家も含めて公爵以上の縁談が必要だ。だが、
「それほど有能なら、グレイスフィールに渡ると少々厄介だな。カストリア辺境伯がチェスターとの婚約を辞退してきた以上、そちの息子に期待するしかあるまい」
そう言って、アーサー王はケープライト公爵に助力するよう、宰相に命じたのだった。
◇
マクレーン王子がカストリアに戻り、腹心のバイロン伯爵が一足先に南大陸への船で帰国する中、しばらくの間カストリアの領内を紹介して回ることになった。
金属加工や細工品、服飾に食文化と、最寄りの街を案内したあと、公爵家と同様に開拓村に行き、造船の様子をみせた。
「このような大木が生い茂った森を伐採して大型船を作るとは我が国では考えられぬ贅沢だな」
「贅沢ですか。南の大陸では、森は珍しいんですか?」
「珍しいどころか、年々砂漠が拡大していてな。どうにかならぬものかと、諸国を回っている」
まあ。本当にマクレーン王子は立派なのね。それにしても砂漠かぁ…水の魔石を大量に埋め込んだり、高山などで雨雲が阻害されていたら魔法で引っ込めたりして、なんとかできないかしら。
「できるかわからないけど、私が緑化してみましょうか?」
「なにか方策でもあるのか?」
「いくつか考えられるけど、山を無くしたり大規模に地形を変えたりしてしまうことになるかもしれないから、勝手にはできないかも」
マクレーン王子は少し考える素振りを見せたあと、顔をあげてこう答えた。
「山の一つや二つでどうにかなるなら問題ないだろう。父上には報告しておくから、やってみてくれないか?」
「わかったわ。あまり期待しないでね。あ、砂漠に家とかは建ててもいいの?」
「ははは、建てられるものなら周囲の領地ごとやろう」
おお! 緑化した分だけもらえてしまったら、結構、広い土地になるんじゃないかしら。
そんな安直なことを考えていた私は、数週間後、港町を南下した高山の向こう側に広がる広大な砂漠を前に呆然と立ち尽くすのであった。
◇
「まさかこんな広さだとは思わなかったわ」
山の北側の陸地は緑が広がっているのに南側は砂漠ということは、おそらくはこの山が問題なのだろう。
でも、数千メートルの山をピット・フォールの魔法で引っ込めるとなると骨が折れそうだし、もし間違っていたら南から砂が押し寄せて北も砂漠になってしまったらどうしよう…。ここはヘルプに聞いてみるとしよう。
「それでファルコ、この砂漠の原因はこの山で合っているの?」
「大雑把に言えばそうだよ。プレートの衝突で年々高くなるにつれて砂漠化が進んだみたいだね」
「なるほど、じゃあ元に戻すだけだから問題ないわね!」
そう判断した私は、その日から五万人体制で高山にピット・フォールをかけつつ、残り一万人で砂漠に済む爬虫類型の魔獣を狩っては水の魔石として砂漠に埋め込んで等間隔にオアシスを作る毎日を送った。
その後、お父様とお母様に、南大陸でしばらく開拓に精を出したいと相談したところ、婚約話が落ち着くまでならと言うことで、グレイさんの同行を条件に南大陸で過ごすこととなった。
「本体で南大陸を訪れる日が来るとは思わなかったわ」
日傘代わりに設営した布地のテントから土竜と戦うグレイさんとデジタルツイン小隊をボーッと見ながら、トロピカルジュースを飲んで涼む私。
さすがに数千メートルを引っ込めるとなると、六万人の飲食費や宿泊施設を確保しながら毎日通うのは非効率ということで、砂漠地帯に宿舎を建てて住み、魔力が尽きたらデジタルツインを出し直すという、かつてのMP増量訓練を再度行うことになった。おかげで、戻すたびにどんどんとMPが増えていくし、戦闘経験もたまっていく。
ついでに言えば爬虫類型の魔獣だけあって、ワニ革のようなバックが大量に生産できて、商売的な観点でみれば非常に効率がいい。
「氷結の魔石でクーラーの効いた家屋を建てたら、案外、住めば都なんじゃないかしら」
防砂林の代わりに一定の距離でストーン・ウォールによる城壁で囲み、緑化が進んだエリアから順に開拓村基準の二階建てコンクリート家屋を建てつつ、南大陸特有の設備として魔石で空調機を実現したところ、随分といい感じのデザートタウンになった。
水の魔石から溢れ出る水が豊富に水路を流れる様子は控えめに見ても涼し気で南国リゾートを思い出す。これでプールを作れば完璧だけど、貴族令嬢が水着で泳いでいたら八歳でも問題になりそうだから自重している。いつか、屋内プールを作って楽しむことにしましょう。
そんなことを考えていると、土竜を一掃したグレイさんがテントに向かってくる。
「おう、お嬢。俺にもそいつをくれ! 喉がカラカラだ」
「物好きねぇ、別にグレイさんが戦わなくても数の暴力で片付くわよ?」
私は苦笑しながらトロピカルドリンクをコップに入れてグレイさんに手渡すと、グレイさんは笑いながら答えた。
「たまには戦わねぇと勘が鈍るからな。こんな数の魔法の援護もある中で戦えるなんて恵まれすぎて笑いがこみあげてきやがる」
そんなものかしら。まあ、冒険者の考えることはよくわからいけど、運動不足が解消できるなら、それに越したことはないわね。
◇
そんな生活が一か月も続いたある日、空が曇天に覆われるのが見え、ついに、砂漠に雨が降るようになった。
ポツッ、ポツッ…ザァー!
「今度は、洪水対策が必要になってしまったわ」
砂漠に短時間で雨が降ると洪水になるというのはこう言う事だったと、目の前の茶色い濁流を見ながら嘆息した。
◇
大量の雨が降った次の日、城壁で区切ったエリアを数個置きに一つ犠牲にして深い水路を通し、それをまとめるようにして人工河川を設けて南の海に放流するラインを形成する。
やがて高山が千メートル以下となると、渓谷のような形状の谷をいくつか設けて南の街との通路とした。
「あとは、水が豊富になった土地で植物を植えていけば完成ね!」
その後三か月かかって砂漠の半分を居住可能区域に変えたところで、残りは緑豊かな自然公園とすることにし、南大陸の砂漠の緑化は終わりを告げようとしていた。
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