第25話 最年少子爵の誕生
高山の標高を下げて雨雲が届くようにした結果、南の広大な砂漠地帯にも恵みの雨が降り注ぐようになり、居住区域の南に爽やかな草原が広がるころ、満を持してマクレーン王子を連れてきた。
「ありえない…」
そのマクレーン王子は美しく整備された街並みと、碁盤目状に設置した水路を流れる豊富な水を目の当たりにすると、驚きの声を上げて絶句した。
開拓村でしたように、建物の中に招いて室内の設備を順に説明していく。
「なんだ、この建物は。部屋の中がヒヤリとする」
「南大陸は暑かったので、氷結の魔石を使って家屋の室温を下げているんですよ!」
いわゆる全館冷房完備。冬になったらどうしようとか思ってしまったけど、どうせ氷点下にはならないのだし、問題ないわね。
「この豊富な水はどこから湧き出ているのだ?」
「水の魔石から湧き出る水を利用しています。余った分は水路から川を通して海に放流しています」
その後、居住区域の最南端エリアの南門の向こうまで案内すると、どこまでも続く青々とした草原が目前に広がった。
「なぜこのように草が生い茂っていると言うのだ。砂漠はどうした?」
「高山のせいで、雨雲が発生しても山の途中で冷えた空気に晒されるせいで、北側にだけ雨が降っていたので、標高を下げて南にも雨が降るようにしたところ、この様に緑が芽吹きました」
まあ、手当たり次第魔獣を狩って、水の魔石を埋め込んだせいもあるけど。とにかく、これでミッション・コンプリートだわ。
「これで、もう諸国を巡る必要はなくなりましたね!」
そう、そして私も用済みとなったはず。あとは、緑化した土地を少しばかりいただいて、果物の栽培や商売の拠点に使わせてもらうだけよ。
「ああ、そうだな。約束通り、この土地は全てエリスが使うがいい」
「え? 全部だと、中堅貴族の領地くらいあるんじゃ…一部で十分ですよ」
「いや。これだけの功績を残して一部だけなどありえない。そうだ、エリスは跡取りではないのだし、爵位を授けるよう父上に相談しよう」
「またまたご冗談を。無理のない範囲でお願いします」
八歳に爵位なんて授けていたら示しがつかないでしょう。土地は広いことに越したことはないし、くれるものならもらっておくけど。この時、私はそう気楽に考えていた。
◇
「我が国の砂漠を完全に緑化した功績をもって、エリス・フォン・カストリアを子爵とする! イストリア王国では、マクシミリアン子爵を名乗るといい」
「ありがたき幸せ…」
イストリア王国のルドルフ王陛下に子爵杖を手渡されながら、どうしてこうなったのかと首を傾げる私。
もっと騎士爵とか准男爵みたいな一代限りの便利な爵位があるでしょう。なんで男爵すら通りこして子爵なのよ! というか、今更だけど他国の貴族になっていいのかしら?
「あの、恐れながら。私の父はハイランド王国で辺境伯をしているのですが問題にならないのでしょうか」
「おお、聞き及んでおるぞ。心配ない、儂からアーサー王に親書を送っておくでの」
「お心遣いありがとう存じます」
よくわからないけど、トップ同士が納得すれば問題ないはずと自己完結してとりあえずお礼を述べたのだった。
◇
「お父様、お母様。私、南大陸のイストリア王国で爵位をもらってマクシミリアン子爵になってしまいました」
「「…」」
婚約話を逸らすために一時的に国外にいた方が都合が良かろうと送り出したカストリア夫妻は想定外の事態に絶句した。
「いったい、イストリア王国で何をしてきたんだい?」
固まる二人にカールお兄様が私に理由を問いかけてきたので、高山を
「それはずいぶんと…やってしまったね」
それを聞いたカールお兄様は顔を笑顔を引き攣らせながら絞り出すように漏らした。
「イストリア王国の王様が陛下には親書でいいように伝えておくって仰っていたから、きっと大丈夫よ」
「大丈夫なわけないでしょう!」
私の説明に再起動したお母様が声を張り上げた。
「いいですか、エリス。それはこういうことです」
お母様は、子爵となった私とマクレーン王子が結婚して、将来的にマクシミリアン公爵領となる前段階だと説明してくれた。
「どうしてそうなるんです?」
「マクシミリアンなんて、名前からしてマクレーン王子から取っているじゃないの」
ああ、そういう…って、つまり将来的に王家の血縁に統合されるから、多少大きい領地でちょうど良いってことだったのね。ルドルフ王の人の良さそうな顔に騙されたわ!
「でもまあ、前にも言ったように公爵夫人になれるのだから、この際切り替えて、お母様は反対しないわ。おめでとうエリス」
「え? ありが…とう?」
思わず返事をしてしまった私に、我に帰ったお父様が猛然と反対してきた。
「いやいやいや、駄目だ! エリスはまだ八歳だぞ!」
「あなた、娘はいつか巣立っていくものですよ」
「早過ぎるだろう! しかも何が悲しくて五千キロ以上も離れた異国の地に娘をやらねばならんのか。せめてハイランド王国の貴族にしてくれ!」
その後、やれケープライト公爵がとかグレイスフィール公爵がとか議論を始めたお父様とお母様に、次第に眠くなって意識が混濁していく。
「騒がしいけど、やっぱり実家は落ち着くものね…」
そう呟くと、そのまま私は意識を失った。
◇
同じ頃、王宮ではイストリア王からの書簡がハイランド王家に届けられていた。内容を確認したアーサー王は、読んでいた書簡を無言で宰相のクラークに渡す。
続けて内容を確認したクラークは、感心したような声を上げる。
「八歳のエリス嬢を子爵にとは、ずいぶんと思い切った手を打ちましたな」
「一体、どうやって国内の貴族を納得させたと言うのか」
「納得させたというより、誰もが納得せざるを得ない実績をあげたようです」
そう言って、クラークは南大陸の船乗りに紛れ込ませた密偵の報告書をアーサー王に渡す。
「…どうやら、エリス嬢の力を見誤っていた様だな」
「はい。まさか中級貴族の領地に匹敵する広さの砂漠を水の都に変えてしまうとは」
どういう理屈かわからないが、砂漠に雨を降らせたらしい。気候まで変えられるとは、いったい、どういう頭をしているのか。
カストリア辺境の森の開拓でもその片鱗を見せていたが、国境付近でピタリと開発を止めているところを伝え聞くに、あれでも辺境伯が抑えた結果なのだろう。
「エリス嬢を静止する者がいなければ、今頃、カストリア辺境伯の西の森から隣国の街まで、開発され尽くしていたことでしょうな」
「その西のブロイデン王国が最近、妙な動きをしていると聞くが?」
「はい。密偵によると穀物価格が上がっており、こちらに攻め込む兆しありとのことです」
クラークは密偵が報告してきた数字をまとめた書類をアーサー王に渡して告げる。
「過去の数値と照らし合わせるに、半年以内に攻め込んでくるかと」
「そうか…このような時に迷惑なことだ。カストリア辺境伯に伝令を出せ」
「かしこまりました」
こうして、平和に暮らすエリスのもとに、新たなトラブルが舞い込むのだった。
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