第22話 中継島アインス

「あれが第一の中継島、アインスです」


 安直なネーミングだけど、ドイツ語読みでアインス、ツヴァイ、ドライと続き、第九の中継島ノインまで単なる数読みの名前にしている。なにしろ、どの島も私が海底をストーン・ウォール魔法で造成した関係で、完全に同じ建物に同じ港で特徴がないから、気の利いた名前が思いつかないのも仕方ないのよ。


「ほう、遠目にみた限りではリシュトンの港町とよく似ているな」

「そうですね。設備も港もほぼ同じで、こういった島を五百キロごとに九つほど設けて航行させています」


 やがて港に接舷して島に上陸すると、畑を見たベネディクトが尋ねてきた。


「島でも作物を育てさせているのかい?」

「嵐で長く航行できない場合もあるかもしれないから、管理する島民の自給自足を想定した規模の畑を用意しているのよ」


 島の大地を観察していたオルブライト公爵が鋭いことを尋ねてきた。


「土壌にかなりの数の貝殻が見受けられるし、雑草の類があまり生えていないのは、どういうことだ?」

「ありていに申し上げるなら、海底をストーン・ウォールでせりあげて作った人工島だからです。人工島なので、南大陸への航路をつなぐ九つの島は等距離に配置してありますし、大きさも設備もアインス島と全く同じです」

「それは…驚いた。島は作れるものだったのだな」


 先導して案内していた私はクルリと後ろを振り向いて、ニッコリと笑顔を浮かべて両手を広げると、昨日今日と視察してきた内容を総括した。


「開拓村で造船をして、その船を使ってスパイスを始め、チョコレートの原料であるカカオ豆や嗜好品のコーヒー豆、上質な砂糖に南国の果物など、豊かな食生活を送るための物資を輸入して王国全土に流通させる。その一方で、王国内の特産品や領内の高度な金属加工品を南大陸に輸出して利益をあげる。それが、今のカストリアです」


 カストリアをハイランド王国の物流ハブとして機能させれば、自然と、美味しい食材が集まって文化的な食生活が送れるという寸法よ!

 そう言って休耕地に植えたクローバーの上でクルクルと踊るようにまわりはじめた私。うう、いけない。お客様の前だとわかっていても、統合した人格の精神年齢に引っ張られて嬉しさが止められないわ。


「カストリア辺境伯、貴公の息女は凄まじい才覚を持っている。本当に、王太子妃にするつもりはないのか?」

「あの通り、自由奔放じゆうほんぽうな性格でして、本人も王宮で息苦しい生活を送ることを望んではいません」

「確かに王太子妃ともなれば、これほど大それたことはできまいな。わかった、けいの言うことを信じよう」


 そう言ってカストリア辺境伯と握手を交わすと、オルブライト公爵は翻ってベネディクトに話しかけた。


「ベネディクト君、ケープライト公爵に伝言だ。生半可な教育では、秀才と名高い貴公自慢の孫と言えど釣り合わんとな」

「ははは、これは手厳しい。わかりました、必ずお爺様に伝えます。でも僕は嬉しくて仕方ありません」

「ほう、それはまたどうしてだね?」


 代々、宰相を歴任してきた智謀のケープライトの嫡流であるベネディクトには、同年代に同じ水準で物事を捉えられる存在は今までいなかった。

 今回の婚約話も相手が八歳になったばかりと知り、さぞ子供をあやすかのようなやり取りになるかと思いきや、蓋を開けてみれば子供扱いは自分の方で、手ずから用意したという遊具に夢中になってしまう始末だ。


 そして極め付けは、構想を実践に移すその行動力だ。このような事、お爺様の言う通り辺境伯や夫人が思いつくはずもなく、すべてエリス嬢の構想によるものだと、これまでの視察の説明でわかっていた。

 ただ単に魔法や錬金術に恵まれただけの者であれば、ハイランド王国中の商人を集めて南大陸と貿易するなど、たとえ頭で考えても実行しようなどと思わないだろう。


 まさに、びっくり箱のような令嬢だった。そして、それ以上に…


「こんな可愛くて将来有望な女性の婚約者になれるなら、なんだってやってみせますよ!」


 一生退屈しないほどの才覚に、美人と来たらやる気しか出ない。そんな年齢相応の屈託ない笑みを浮かべるベネディクトに、オルブライト公爵は「そうか」と言葉短く答えながら笑い返し、エリスの父親であるエイベルは、まだ早すぎると内心で複雑な思いを抱くのだった。


 ◇


 中継島の視察を終えて公爵家の二人が帰った後、カストリア辺境伯家では改めて大量に届いた婚約を申し出る書状の処理に追われていた。

 特に、オルブライト公爵から内部工作を示唆されたものの、グレイスフィール公爵家の派閥に属する貴族からカールとブルーノに寄せられた書状については、その取り扱いにエイベルは頭を悩ませていた。


「エリスと違ってカールやブルーノは成人しているから、返事を遅らせることもできん」

「受ければ良いではありませんか。たとえエリスが狙いだとしても、どちらの令嬢も名門ですよ?」

「それに付随するグレイスフィールの嫡男アレクシス殿が、エリスとやや年が離れている上に良い噂を聞かない」


 なら、ケープライト公爵家からの申し出を受けてしまえば良い。それはわかっているものの、そうすると自動的にカールとブルーノの縁談も消える。


「父上、エリスに悪影響がある縁談など蹴ってください。この際、分家から嫁を迎えても構わないではないですか」

「相手は公爵家だ。蹴るにも理由が必要だ。伯爵や子爵から申し出がある中でお前たちが分家から嫁を取るなど筋が通らない。根こそぎ断るために、今すぐ、エリスの婚約者を決めろと言うのか?」

「それは…」


 まだ八歳のエリスを思い、書状の確認を手伝っていたカールは口をつぐんだ。

 エリスの年齢を理由に先延ばしにできても、カールとブルーノの縁談を単体で断るには、同格の令嬢との縁談が必要だが、そんなうまい話は転がっていない。


 ケープライト公爵の派閥に頼れば、ベネディクト殿との縁談が確定するだろうし、オルブライト公爵の派閥に頼るのが一番だが、クリスティーナ嬢の婚約を邪魔したように見えるカストリアとの縁談は、すぐには難しいだろう。


 結局のところ、グレイスフィールの派閥につくか、それともケープライトか、その二者択一に絞られていた。


「それより、手取り早く断る方法ならあるだろ」

「なんだ? 何か考えがあるのかブルーノ」

「聖女認定を受けるんだ」

「…それは、本当に最終手段だな」


 できないとは言わないが、そんな認定を受けたら今度は王族案件が復活するか、教皇のご子息との婚約が持ち上がるか、一生独身の三択に早変わりだ。


 そんな悩める子羊状態のカストリア辺境伯に、さらなるトラブルが舞い込むのは数日後のことだった。

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