第4話 辺境の森の開拓構想

「バトラー、本当に、全属性で間違いないのか?」

「はい、旦那様。しかも、既に上級クラスの魔力をお持ちかと」


 エリスが光属性持ちであることが発覚してからというもの、無理のない範囲で魔法を使わせ、比較的魔法に詳しい執事のバトラーに確かめさせたところ、全属性の基本魔法を直径三メートルもの規模で発現して見せたという。

 光属性と闇属性は、いずれかの神の加護を持つのみに発現する特殊属性だ。それだけでも大騒ぎなのに、六属性の“ヘキサ”だというのだ。二属性の“デュアル“は万に一人の可能性、それ以上は王族以外では何十年に一度という確立でしか発現しないというのにだ。


「母方の、イリスの血だというのか?」


 火と水のデュアルであるイリスは、代々、宮廷魔道士を輩出してきた名門の家柄だ。奇跡的な確率で、代々の属性がエリスに集約したと考えればなんとか説明できるだろう。


「旦那様、それだけでは洗礼も受けずに魔法を使える理由や、あの魔力量や発動規模も説明できません…あと大変言いにくいのですが」

「なんだ。いまさら言いにくいことなどないだろう」

「お嬢様の魔力は数日前とは比較にならないほど強大におなりです」


 倒れた時には三メートル程度の光球だったが、今ではそれを十六連弾で撃ち込んでケロッとしているという。ありていにいえば、デジタルツインで全く自重しないトレーニングをしているからだが、スキルを知らない二人に知る由はなかった。


「これが公に知れたら…どうなるのだろう?」

「おそらくは、王太子妃候補筆頭として王城に招かれることかと」

「馬鹿な、エリスはまだ七歳だぞ!」


 貴族としてはこれ以上ないほど朗報かもしれないが、可愛い盛りのエリスが王太子妃教育で早々に王城に召し上げられてしまうのは、目に入れても痛くないほど可愛がってきたエイベルにはできない相談だった。

 大体、辺境伯である自分の娘が、公爵令嬢や侯爵令嬢がひしめく魔境になど赴いたら、どんな嫌がらせを受けるか知れたものではない。だから、これまでも下手に王太子妃争いなどに加わる素振りすら見せてこなかったのだ。


「旦那様、お気持ちはお察ししますが、お嬢様の才覚は魔法に留まりません」

「なんだと? これ以上何があるというのだ。俺はもういっぱいいっぱいだぞ」

「こちらを」


 そう言ってバトラーが差し出してきたのは、中級ポーションとミスリルソードだった。


「なんだ? 宝物庫から出してきたのか?」

「いえ、お嬢様がなられました」

「…」


 何を言っているんだ? 中級ポーションを作れるのは錬金薬師のみだ。まさか、このミスリルソードも錬金術で作ったとでもいう気かだろうか。いや、そんなことはあるまい。

 そう思っていたところ、バトラーの話にはまだ続きがあるようだった。


「それと旦那様。これを売ったらお小遣いが増えるとお嬢様が…」


 そう言って手の平ほどのポーチから、中級ポーションとミスリルソードを1ダースずつ取り出してみせた。これはまさか、


「マジックバック…だと? まさか、これもエリスが作ったというのか!」

「その通りでございます」


 右手を胸に当てて深々と礼をしてみせるバトラーの姿に、私は脱力してストンと椅子に座り込んでしまった。

 それが本当のこととしたら、最高峰の錬金薬師としての腕も併せ持つということになる。そして、そんなことができる存在は、過去の歴史を照らし合わせても一つしかなかった。


「我が娘エリスは、創造神様の使徒、ということか」

「おそらくは…」


 そうであるならば、洗礼など受けずとも魔法が使えることにも全属性が使えることも説明がついてしまう。なぜなら、生まれ落ちた時点で加護という名の洗礼を受けているのだから。


「仕方あるまい、王家に書状をおくる」


 辺境伯をして重すぎる事実に、エイベルは頭を抱えるのだった。


 ◇


 そんな気苦労をかけているとは知らずに、当のエリスはライブラリから得られた知識を元に、ポーションや武器の作成、便利なマジックバックなど、辺境の冒険者に需要がありそうなものを思いついては、多くのデジタルツインによる数の暴力で森に繰り出し、必要な素材や薬草の採取をして量産する毎日を送っていた。

 毎日、六万五千体、魔力切れを起こすまで働かせて、寝る前に戻して死んだように眠ることを一週間ほど繰り返すうちに、いつしかMPが四十万を迎えていた。


「デジタルツイン、からの鑑定!」


 名前:エリス・フォン・カストリア

 種族:人間

 年齢:7歳

 HP:15/15

 MP:456,041/456,041

 加護:創造神の加護


「デジタルツインと違ってMPは65,535が限界値というわけじゃなさそうね」

「人間のMPは4,294,967,295がマックスだよ! それ以上はモデルにした世界だとカンストみたい」


 そっか、四バイトが人間の限界というわけね。毎日、六万五千体で魔力切れを起こさせたとしたらカンストは十八年後ね。もっとも、そのうち消費しきれなくなってペースが落ちるでしょうから、人間の寿命でカンストすることはなさそうだから適正なのかも知れない。というか、


「体力は増えないの? MPだけ増えても一発で死んでしまいそうな気がするわ」


 そう、ある日突然十メートルくらいの大きさの火球が飛んできたら死んでしまう。


「それはまあ、体を鍛えていないから仕方ないよ! 魔法ばかり撃ってないで、剣で素振りでもさせたり走り込みをさせたりするんだ! 頭でっかちだよ!」


 う〜ん、それなら素振り十回くらいさせればいいかしら。六万五千体で十回ずつさせれば毎日六十五万回の素振りをしたことになるものね。売り物じゃないし、デジタルツインにそれぞれ砂鉄から鉄の棒でも生成してもらって、十回振って鉄はアイテムボックスに貯蔵して資源としてあとで加工して売り払えば、一石二鳥になるわ。

 いえ、折角森に居るのだから、素振りだけでなくキコリになって木を切り倒して開墾したり、ログハウスを建てたりしていくことにしましょう。


 カンッ! カンッ! カンッ!

 ブンッ! ブンッ! ブンッ!


「「「えい! えい! えい!」」」


 自分そっくりなデジタルツインが万単位で素振りをしたり斧で木を切り倒したりするのはシュールだわ。さらにクワを持たせて開墾したら、畑も作れて辺境開拓できていいんじゃないかしら。

 うん、明日からは森の奥地で木の根を掘り起こしながら開墾を進めて、畑やログハウスを建てて秘密の開拓村を作っていくことにしよう。ログハウスセルフビルド体験ツアー、時間があれば参加したかったのよね!


「マップ」


 脳内にカストリア辺境伯領の西に広がる広大なエーベルーン樹海の地図が浮かび上がる。この樹海を何年もかけて開拓していき、国境まで錬金術を使ってコンクリートで舗装した街道でも作るのも一興だわ。

 畑もいいけど、一次産業よりは二次産業、二次産業よりは三次産業の方が将来的には好ましい。拠点となる村を作りつつ新たな街道を作り、人・物・金の流れを作ってその成長の果実をお父様やお兄様が得ればそれで裕福な生活を送れるでしょう。まあ、


「今は七歳だから商売は当分先の話ね!」


 そう独り言ちながら黙々と作業を進めているうちにファルコが注意を促してきた。


「エリス、向こうから冒険者っぽい人がくるよ」

「え?」


 私は急いでデジタルツインを引っ込めてアイテムボックスに鉄棒や丸太を放り込んだけど、突然だったので姿を隠すことまでできずに遭遇してしまう。


「…子供?」

「あ、こんにちわ〜。いいお天気ですね。それでは!」


 スタスタスタ


 道端であった人にすれ違ってごく自然にあいさつを交わして去る。ふふふ、我ながら完璧な作戦だわ!


「おい待て、何をなんでもないふうを装ってこの場を去ろうとしている」

「ギクッ! そ、そんなことないですよ。どこをどうみても、そこらへんで遊んでいる普通の小娘じゃないですか」

「アホか! どこの世界に、こんな森の奥でドレスに身を包んで遊ぶ子供がいるって言うんだ!」


 …仕方ないわね。


「だとしても、別に関係ないでしょう! おじさん」

「おじ…俺はAランク冒険者のグレイだ。最近、この辺りで凄い物音が響き渡っていると通報があってな。とある方の依頼で調査しているが心当たりはないか」


 それは、ひょっとして六万五千体で魔力切れになるまで放った魔法の爆音だったりするのかしら。まさかそんなことあるはずないわよね。


「そんなことあるよ。エリスの魔力は強くなりすぎたし、寸分違わぬタイミングで撃てば、爆音も遠くまで届くというものさ!」


 ああ、重ね合わせの原理ね…じゃなくて、それは困ったわ。でも、ここは知らぬ存ぜぬを通しましょう。


「グレイさん、私は何も見ていませんし聞いていません。ごきげんよう!」

「おい、待て!」


 ビュバン!


 私は静止する声を聞かずに、フライで家路についたのだった。次からは、もっと奥地でやらないとダメね。

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