第3話 錬金術のライブラリ継承

 気がついた時には朝だった。そうか、あれは夢だったのね。メタバース世界を参考に神様が創造した異世界に転生するなんて、ぶっ飛んだ夢だったわ。仕事で疲れていたのかしら。

 そう納得して布団から体を起こしてゆっくりと周りを見る私。


「…夢じゃなかったみたいね」


 寝ていたベッドは天蓋付きで、質素ながらも高級だとわかる調度品は、どう考えても私の安月給で買える代物じゃない。


「現実逃避はよくないよ! 現実を見つめるんだ、エリス!」

「こうなった原因の神様の使いである貴方に言われたくないわよ!」


 もう! 朝っぱらから怒鳴って余計な体力を使ってしまったわ。


 バタバタバタ…バンッ!


「お嬢様! 目が覚めましたか!」

「あら、サーラ。おはよう」


 私がベッドから起きようとしたところ、サーラは駆け寄ってきてそれをとどめた。


「いけません、お嬢様は昨晩倒れられたんですよ!」

「単なる魔力切れよ、それよりもお腹が空いたわ」


 さすがに二食抜きはつらい。お腹を抑える私に、サーラは眉を寄せると朝食を部屋に運んできてくれるという。


「旦那様に報告した後、すぐに朝食をお持ちしますから、そのままベッドでおやすみになっていてください」

「わかったわ。ありがとう」


 パタン…


「ふう。倒れる前に魔力の残量とかわからないものかしら」

「わかるよ。神様に鑑定をもらっていたでしょう!」


 声がした中空に目を向けると、ふよふよとファルコが空中に浮かんでいた。


「ファルコ、鑑定って自分もできるの?」

「デジタルツインを出して鑑定すれば、それが今のエリスのステータスじゃないか!」


 ああ、そういうやり方もあるわね。それなら自分でありながら他人を鑑定するようなものかしら。じゃあ


「デジタルツイン、からの鑑定!」


 名前:エリス・フォン・カストリア

 種族:人間

 年齢:7歳

 HP:15/15

 MP:1,040/1,040

 加護:創造神の加護


「…筋力とか知力、スキルは鑑定できないの?」

「位階があがれば見えるようになるよ!」


 また位階なの…でもあまり魔獣と戦いたくないな。恐いし。それはさておき、HPとMPで随分違うのね。


「なんだか、HPの値に比べてMPの値が大きいけど普通なの?」

「昨日、千回ほど魔力切れをデジタルツインで起こさせて、帰ってからも魔力切れしたから増えたんだよ!」


 ああ、あの吐き気がする思いをしたあれね。あの後は一発ずつ戻していたから魔力切れは起こしていなかったから成長しなかったと。


「それならわざと魔力切れを起こしてバンバン倒れた方がいいの?」

「魔力切れしたら命の危険があるから、普通はしないよ!」


 なにそれ。そういうことは早く言っておいて欲しかったわ。試しに出したデジタルツインに魔力切れを起こさせて戻した後、再度デジタルツインを出して鑑定してみると、最大値が1,041に変わっていた。現在値はそのままのところを見ると、昨日はMPが15以下の状態でフライやライトを使ったから倒れたというところかしら。

 昨日みたいに本体が倒れてしまうとどうしようもないから、気持ち悪いのは我慢して、デジタルツインで何度も魔力切れを起こさせておかないといけないわね。


 そんなことを考えているうちに、扉がノックされる音が聞こえたので慌ててデジタルツインを戻して返事をすると、扉が開けられた。


「お嬢様。朝食をお持ちしました。それと…」

「「エリス!」」


 ガバッ!


「わわ、カールお兄様にブルーノお兄様。どうされたのです」

「エリスが倒れたって聞いて心配してきたんだよ!」


 嫡男のカールお兄様は二十歳歳、ブルーノお兄様は十八歳。十歳以上も歳が離れた七歳の私を、父親同様に溺愛していた。


「大袈裟よ、お兄様。それよりお腹が空いているくらいよ」

「わかった、それなら食べさせてあげよう!」

「え?」


 カールお兄様とブルーノお兄様はサーラからお膳を受けとると、スープをスプーンですくい、フーフーしたかと思うと、ベッドに腰掛けている私に差し出してきた。これはまさか…


「あの、一人で食べられます」

「どうしたんだい? この間、風邪を引いた時に食べさせてって言っていたじゃないか」

「そうだぞ、エリス。遠慮することない! お兄ちゃんたちに任せろ!」

「あ、ハイ」


 くっ…確かに、統合された人格の記憶から自らねだるように甘えていたシーンが脳裏に思い浮かぶけど、これはなかなか恥ずかしいわ。

 そんな羞恥プレイを経て、私の具体が特に問題ないとわかって安心したのか、お兄様方はサーラと共に部屋を出ていく。


「じゃあね、エリス。大事にしているんだぞ」

「何かあったら、遠慮せずに呼ぶんだぞ」

「あはは…ありがとう、お兄様たち」


 私がベッドで小さく手を振ると、満足した顔をして扉が閉められた。


 …パタン


「だぁ! 顔から火が出るかと思ったわ!」

「エリス。昨日も言ったけど、一応、令嬢なんだから“だぁ“はいただけないね!」


 そんなこと言っても、あんな良さげな風貌のお兄様たちに、この精神年齢でアーンしてもらうなんて…ちょっと、いえ、かなり良かった! じゃなくて、気恥ずかしいわ。


「…エリス、今更だけど僕には考えがまる聞こえだからね。それと、元の人格と統合した影響で精神も幼くなっているから気をつけて」

「だから、そういうことは早く言いなさいよォ!」


 どうやらヘルプは声を出さなくてもコミュニケーションできるらしい。まあ、いいわ。ファルコはオペレーター、あるいはヘルプ機能に過ぎないのだから、恥ずかしがっていても仕方ない。この天使はクラウドに本体を置く音声認識アバターと同じと思うのよ!


「ひどいなぁ、でもそういう認識で間違ってないよ!」

「そういえばヘルプ機能、つまり貴方の他に、錬金術、アイテムボックス、マップなんかもお願いした記憶があるんだけど、あれはどうなっているの?」

「もちろん、使えるよ! アイテムボックスやマップは、そのまま唱えればいいよ!」


 私は試しに枕を出し入れしてみたり、マップで屋敷の見取り図や周囲の地形を脳裏に映し出したりしてスキルを確認した。アイテムボックスは脳裏に収納物のリストが思い浮かぶし、マップも頭の中だから、人に気が付かれずに使えそうね。


「マップで屋敷の中を見たら青い点みたいなものが移動しているんだけど、これは人?」

「そうだよ! 敵意がある人物や魔獣は赤く表示されるよ!」


 よし、大体わかったわ。後は錬金術ね。


「錬金術はどうやって使うの?」

「それは少し説明が難しいから、神様からライブラリを預かっているよ!」

「ライブラリ?」


 どうやら、錬金術に関する知識や薬草の知識など、幅広く知識を格納しておけるもので、外部記憶としても使えるらしい。そういえば、情報処理能力もお願いした気がするわ。


「今からライブラリを渡すから、オデコとオデコを合わせよう!」


 ファルコのいう通りに額を合わせて瞑想すると、錬金術や薬学などの知識の奔流が流れ込んできた。その中には、今までファルコが口頭で説明していたような魔法知識や一般知識も含まれていた。


「ファルコ、どうして最初にライブラリを渡してくれなかったの? これがあれば、説明する必要なんてなかったじゃない」

「うん、忘れてた! ごめん!」


 そう言って能天気に笑うファルコに私は脱力する。それはさておき、


「これだけなら、色々と近代化できそうね!」


 薬草を採取してくればポーションも作り放題だし、錬金術で金属も自由自在に抽出できる。自然を楽しめと神様は言ったけど、やっぱり人間、衣食住くらいは以前の水準を取り戻したいものだわ!


 こうして私は、これからの辺境開拓と近代化に想いを馳せ、胸を膨らませるのだった。

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