第2話 デジタルツインで成長チート

 あれから外の世界を見てみたくなり、デジタルツインを部屋に残して窓から外に出てみれば、高台に建てられた領主の館の周囲に、森が生い茂り、放牧された牛が長閑のどかに草をんでいる風景が広がっていた。


「どうだい! この自然の景色は!」

「どうって田舎の風景にしか見えないんだけど」


 どこら辺が良さげだというのか首をかしげる私に、牧歌的なところが良いと答える天使のファルコ。統合された記憶からも、中世ヨーロッパ程度しか文明が発達していないことがうかがえる。


「はあ…神様はメタバース世界を参考に世界を創造したというのに、まだ中世の時代なのね。ハイテクでローテク世界を実現してどうするのよ。それで、なんでウチは余裕がないの?」


 辺境伯なので、それなりに領地は広くて自然も豊か。牧畜も盛んならそれなりに食べていけそうなものじゃない。しかるに記憶からは、それほど裕福ではないらしい。


「食べてはいけるけど、他の領地でも酪農はおこなっているから特産品というわけではないんだ。主要産業がなく何の特徴もないから、というのが答え!」

「小さな天使のなりをして、随分とシビアなことを言うのね」


 地方で農家や酪農をしているようなものなのかしら。でも食べるものには困らないのだし、ファルコが言うように、牧歌的な景色を楽しんで一生暮らしていけばそれでいいのかもしれない。

 そんなことを考えていると、周囲から唸り声が聞こえてきた。


 ガルルッ!


「フォレストウルフだね。魔獣なので気をつけて!」

「ちょ! 聞いてないわよ、そんなの!」


 飛びかかってきたフォレストウルフから死に物狂いで避けると、周囲の森から追加で三、四匹のフォレストウルフが出てきた。


「こちらも人数を増やすんだ!」

「部屋にデジタルツインは置いてきたわよ!」

「いつ、一体しか出せないと言ったかな?」

「へ?」


 どうやら、二バイトで表現可能な符号無し整数の最大値65,535体までなら、別に何体出しても構わないらしい。


「出現させる時に数を指定すれば、その分だけ出てくるよ!」

「そういうことは早く言ってよね! デジタルツイン千二十四!」


 ブブブン!


「フォレストウルフをボコボコにして!」


 時折フォレストウルフに喉を噛み切られるものもいたけど、数の暴力には敵わずフォレストウルフは集団に取り押さえられ、ボコボコに殴打されて息を引き取った。


「我に戻りて糧となれ…オエエエエエ!」


 デジタルツインを戻した瞬間、自らの喉や腕を噛みちぎられた経験が吸収され、強烈な痛みを思い出して吐いてしまった。幸い、ご飯抜きだったので胃液だけだったけど。


「一応、辺境伯令嬢という設定だから、そういう見苦しい振る舞いは慎んだ方がいいよ!」

「あんたね…このスキル、酷いことされたら、そのまま体験として記憶に残ってキツイんだけど」


 そう言って喉を抑える私に、ファルコはなんでもないことのようにいう。


「経験を得るのに痛みや苦しみをともなうのは当然だよ! 位階も上がったみたいだし、良かったね」

「位階? なによそれ」

「内部パラメータみたいなものでレベルアップしたと思って!」


 言われてみると、先ほどより体が軽く感じられるような気がする。


「このままデジタルツインでトレーニングを繰り返せば結構いい感じになりそうね」

「それでもいいけど、そんな脳筋な戦いじゃなく魔法を使おうよ!」


 そういえば、神様が魔法を普通より使えるって言っていた気がする。


「向こうに手を向けてファイアと言ってみて!」

「わかったわ。ファイア」


 ボンッ!


 直径三十センチ程度の火球が飛び出て、狙った木を焦がした。


「なんだか、しょぼいわね」

「何度も使っていれば、大きくなっていくよ!」


 何度も…そうだわ。


「デジタルツイン! 千二十四!」


 私は沢山のデジタルツインたちにファイアを限界まで放つように命令した。


「「「ファイア、ファイア、ファイア…・」」」


 そのうち、バタバタと倒れていくデジタルツインたち。


「我に戻りて糧となれ…オエエエエエ!」

「エリスは学習しないなあ。倒れるほど打たせて戻したら、千回以上倒れたのと同じだよ」

「そういうのは、早く言ってよ…ね」


 目が回る思いを何回もしたような気がするけど、これで少しは大きくなったかしら。


「ファイア」


 ボンッ!


 今度は直径五十センチくらいになっていた。千体以上撃って二十センチ増加とは、なかなか面倒ね。六万体出して一発撃って戻せば、簡単に一メートル以上にはなりそう。でもその前に、


「ファイア以外にも魔法はあるんでしょう? 教えてよ」

「わかりました。まずは基本となる火・水・風・土・光・闇の六属性魔法をお教えしましょう」


 こうして、自重せずに六万五千のデジタルツインを出して魔法を撃っては戻してを繰り返して基本魔法の習熟に熱中するうちに時間は過ぎ、気がついた時には日が暮れていた。


 ◇


 日が落ちてすっかり暗くなった周囲に焦り、フライの魔法を使って全速力で飛行して家に向かい、外出する時と同様に窓から部屋に入った。


「ふう、面白くて時間が経つのを忘れてしまったわ」


 それから、ファルコにその他のスキルについて詳しく聞いていると、突然、扉が開かれた。


「お嬢様! 一体どこに行ってらしたんです! お嬢様が誘拐されたと、大騒ぎでしたよ!」


 とりあえず見つかったとお父様のところに報告に行くと足早に出ていくメイドのサーラ。これは、後でお母様に大目玉ね。インストールされた私の記憶が、そう言っているわ。


 そう言えば帰ってきた時に、残しておいたはずのデジタルツインがいなくなっていた。


「残しておいたデジタルツインはどうしたのよ」

「戻す時は、記憶や成長の整合のために全てのデジタルツインが消えるんだ!」

「だから、そういうことは先に言っておいてよね!」


 その後、案の定、お母様に呼び出された私は、その剣幕に窓から出て外に出ていたと素直に白状すると、夕飯抜きを言い渡されたのだった。


「そ、そんな。お母様、お昼も食べてないので死んでしまいます」

「何を言っているの! 昼食は一緒に食べたでしょう!」


 ふぅ…こんなことなら森で何か狩りでもしてファイアで焼いて食べればよかった。いや、さすがに現代社会を生きてきた私に、それは無理だわ。

 しょぼんとする私に、エイベルお父様が仲介に入ってきた


「まあまあ、イリス。年端もいかないエリスに夕食抜きは厳しかろう」

「あなたがそうやって甘やかすから、成長しないんですよ!」


 成長しない? ああ、勉強や行儀作法が苦手なのね。やれやれだわ。


「ところでエリス、こんな遅くまで外で何をしていたんだい?」

「えっと、魔法の練習?」


 よく考えずに素直に答えた私に、しかし、お父様はひどく驚いた顔をしていた。


「魔法だって!? まだ十歳の洗礼式も迎えていないだろう。魔法は使えないはずだ!」


 あら? どういうことよ、ファルコ! そう思った私の思念に、空中に浮いているファルコは答える。


「普通は十歳の洗礼式で神様から属性魔法を与えられるらしいよ!」


 ファルコの言葉に特に反応することも視線を向けるところもなく、お父様が続けて洗礼式について話しているところを見ると、どうやら私以外の人にはファルコは見えないし聞こえないようだ。

 それはともかく、どうしよう。家族だし、誤魔化すのも面倒だから使ってみせるのがいいかしら。


「お父様、なぜか使えたのです。ライト!」


 そう言って、窓を開けて外に三メートルを超える光の球を放り投げると、あたりは数秒だけ昼間の明るさを取り戻し、やがて暗闇に戻った。


「ひ、光属性…だと? イリス!」

「あなた!」


 よくわからないけど、二人で両手を合わせて感極まったような表情をして見つめ合ってる。なんでもいいけど、


「お腹すいた――」


 バタン…


 昼間からご飯抜きでフライの魔法で帰宅して魔法力をかなり消費していた私は、今の光球で魔力切れを起こしたのか、意識を失った。

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