デジタルツインで開拓無双~メタバースの向こうは異世界でした~

夜想庭園

第一章 メタバースの向こうは異世界でした

第1話 メタバースを模倣した異世界

「ここはどこよ…」


 天蓋付きのベッドの上で起き上がった私は、見慣れたバーチャルオフィスとは全く趣の異なる風景に戸惑いを隠せないでいた。


 世界的な感染症に端を発して広がったメタバースによるバーチャル空間での学習や仕事がメインストリームとなった昨今において、情報システム部門の私は逆に勤務時間の区切りが限りなく曖昧あいまいになるほど仮想空間に入り浸り、今朝も三時間の睡眠後、起床と同時にメタバースにログインしたはずだった。


「間違えて別のサーバに入ってしまったのかしら…ってそんなわけないわよね」


 そう言って頬を撫でると確かな触感が感じられる。信じられないことに肉体があるのだ。ここがメタバース世界であるはずがない。

 そう思っていたところ、突然、私の前に見慣れたオペレーターのアバターが出現した。


「申し訳ない。手違いで本物を引き込んでしまった」


 しかし、滑り出てきた声は可愛い天使のキャラクターに相応しい声ではなく、事務的な男性の声だった。


「あの、どういうことですか? ここは一体どこなんですか? というか貴方は誰ですか」

「順を追って説明していくから落ち着いて聞いてほしい」


 神様曰く、人間の想像力により次々と生み出されるメタバースに興味を持ち、そのうちのひとつが非常に良い作りをしていると目をつけ、神様パワーで似た世界となるように創造して歴史経過を辿らせているという。

 そんな馬鹿なと思う一方、先ほども確かめたように、あまりにリアルな風景と感触に現実だと思い知る。


「それは分かりましたが、なぜ私がここに?」

「まあ、その、なんだ。手違いだ。そなたが、あまりにBOTボットのような生活をしていたので間違えてしまった」


 要するに、ログインしている人間のデジタルツインを作り出して記憶を抜いて魂を創造しているうちに、間違えて本物の方を持ってきてしまったらしい。


 なぜ、テスト環境を用意しない!


 そんな心の叫びは神様には筒抜けだったのか、間をおかず返答が返ってきた。


「私が作ったら、たとえテスト環境でも本物の宇宙だ」

「あ、なるほど…」


 仮にテスト環境を作ったとしても、神様が作ったのなら、それは本物と変わりないからテストとみなして粗雑に扱ってはならない? なんだか混乱してきたわ。

 というか、元の世界の方に記憶を抜いた私を置いたというなら、色々と忘れて仕事できないんじゃないかしら。君子、危に近寄らず、さっさと戻るに限るわ。


「まあ過ぎてしまったことは仕方ありません。元に戻してください」

「すまん、ここは時間の流れが違うのだ。ログアウトという記憶も抜いていたので、気がついた時には君は既に餓死していた。戻る肉体がない上に複製した魂が既に生まれ変わっていて、君は輪廻の輪から外れてしまった」

「な、なんですってー!?」


 あまりのことに絶句していると、神様と思しきアバターはどんどんと話を進めていく。


「まあ、この世界も現実であることに変わりはない。すまないが、ここで生きてくれ。それなりにいい条件の家に転生させたつもりだ。間違えておいてなんだが、BOTボットのようにデジタル世界で働いてばかりいないで、望むままに自然をエンジョイしたらどうだ?」

「いやいやいや! 百歩譲ってここで生きて自然をエンジョイするとしても、なんの事前知識もなく食べて行くための仕事もなければ、それも叶わないでしょう!」


 こんな右も左もわからない場所に放置されたら、現実同様に死んでしまうじゃない。


「両親も健在で、また幼子だから大丈夫だ。元の人格の記憶は、このあと無理なく統合されるから常識的についても問題ない。あまり文明も発達していないから、知識もそれほど必要ないだろう」

「そんな! 今までしてきた仕事の知識はなんの役にも立たないんじゃ、今までの私の努力はどうなってしまうんですか!」

「…わかった。ではスキルとして“デジタルツイン“をやる。君の複製体が経験したことを身に付けられるようにするから、早く知識や技能を身につけられるだろう。あと加護もやろう。魔法が常人より使えるようになる」


 魔法!? なにそれ。ファンタジー世界のメタバースを元にした世界なのかしら。そうだとすると、情報システムの知識なんてなんの役にも立たないし、それだけでは少し心もとない。


「錬金術、アイテムボックス、鑑定、あと脳内情報処理能力にマップやヘルプ機能もください!」

「いいだろう。幸い、そういったものも元のメタバース世界に存在したので、容易に追加できるように創造した…ほれ、つけておいたぞ。あとはアバター天使から情報を得るがいい。さらばだ」


 こうして私は、ひょんなことから人間が考えたファンタジーテイストなメタバース世界をモデルにした異世界に転生することとなった。


 ◇


「で、どんな世界をモデルにしたのかしら?」


 この際割り切って、今まで忙しくてできなかった世界旅行をして、言われた通り自然を満喫してやるわ。お金は貯まっても使う暇もなかったし、グルメも堪能するのよ!


 コンコンッ


 早速、外に出ようと思ったところで、扉がノックされる音に固まる。よく考えたら私は誰か聞いてないわよ!?


「エリスお嬢様、昼食の用意が整いましたので食堂までお越しください」


 エリス、お嬢様? ああ、そうだ。私はエリス・フォン・カストリア。兄二人を持つ末っ子で長女のカストリア辺境伯令嬢…らしい。名前をキーワードとして、神様が言っていた元の人格の知識が統合されていく。でも、


「ど、どうしよう。うまく対応できるか自信がないわ」

「それならデジタルツインのスキルを使って、もう一人の君に行かせればいいよ!」


 急に降ってきた電子的な声に振り向くと、先ほど神様が憑依していた小さな天使姿のアバターがこちらに目を向けていた。


「僕は天使のファルコ。よろしくね、エリス!」

「そういえば天使のアバターをつけるって言っていたわね。で、デジタルツインでどうしろって?」


 詳しく聞いたところ、デジタルツインのスキルを発動すれば、設定した行動方針に沿って私の今のステータスや記憶をそっくりそのまま複製したもう一人の自分が行動してくれるらしい。

 私はファルコのススメに従って早速スキルを発動させることにした。


「で、デジタルツイン!」


 ブンッ!


 早速スキルを発動させてみたところ、目の前に七、八歳くらい女の子が姿をあらわす…って! 私、こんな幼い子に転生してしまったの!? ふわふわとしたプラチナブランドの髪にパッチリとした青い瞳、ピンクのドレスが可愛いらしい。

 自分自身の姿に驚く私に構うことなく、オペレーターのファルコは話を進めていく。


「そこで、してほしいことを伝えれば君の代わりに行動してくれるよ!」

「えっと、じゃあ代わりに食堂に行って無難に対応してちょうだい」


 私の言葉に女の子は軽く頷いたと思うと、踵を返して扉を開けて歩いていった。


「大丈夫なのかしら?」

「大丈夫だよ。何かあっても君が“我に戻りて糧となれ“と言わない限り死体として残るし、君と全く同じ行動をするから誰にも分からないはずだよ」


「でも、複製された時点では同じでも、違う経験をすれば違う考えをするようになるんじゃない?」

「デジタルツインを戻したときに経験や思考が全て反映されるから、その時、整合が取れるように統合されるよ!」


 なるほど、それなら面倒なことは全部デジタルツインにさせて、私は楽に経験を積めるということね。

 色々と聞いているうちにデジタルツインが部屋に戻ってきたので、早速、統合を試してみる。


「我に戻りて糧となれ」


 シュン…


 私の中に吸い込まれるようにしてデジタルツインが消えると、もう一人の私の記憶が染み込んでくる。

 決して裕福とは言えないまでも、暖かい家族との団欒。それなりに美味しい料理、旨味のあるスープにやや硬いパン…お腹いっぱい…じゃない。あれ?


「あの、お腹いっぱい食べた記憶はあるんだけど、空腹を感じるのはなぜなのかしら?」

「何言っているんだい? 記憶や経験、筋力や魔力などのトレーニング成果は統合されるけど、栄養は統合されないよ!」


 つまり、デジタルツインが食べた私の食事はどこかに消えてしまったってこと!?


「それって、ご飯抜きってことじゃないのォ!」


 私は、万能だと思ったデジタルツインの思わぬ欠点に頭を抱えるのだった。

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