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『ありがとう、ございましたー』

 さて、予定よりも長居してしまったが、目当てのモノは買った。

 必要な暖色の色鉛筆と、下書きに使っている青色のシャー芯。ちなみに私は、0.3が好きだ。それ以外は0.5ミリの黒色で描いている。

 危うく必要ではないものまで買いそうになったが、カウンターに居る美人の店員さんからなにやら熱い視線を感じて私はすぐにでも店を出た。

「でも、あのペン良さそうだったな…………」

 試し書き出来る紙に筆を走らせた感じが良かった。メーカーで言うとサ〇サのような書き心地。

 今から戻ってでも買うか?

「…………って、思ったら。割と家近くに来てるなもう」

 脳内で会話をしていたらこれだ。

 明日にしよう。うん、それが良い。

「って、取材してないやん自分」

 脚を止める。人と関わりたくないのに視線を感じてしまったがために失念していた。一番重要なのは取材だぞ、私よ。

「危ない危ない。今からでも――」

 周囲を見る。なにか良いところはないかと探してみる。するといつも通学しているはずなのに、初めて気づいた店があった。

「――あら、雰囲気良さそう」

 店の外観は、まるで隠れ家のようなもの。おそらく、普段はイヤホンを挿して足元だけを見て帰っているから見つけられなかったのだろう。もしくは、帰る時間がいつもより多少遅いからか? たぶんそれも理由の一つだ。看板を照らす灯りが、いやに印象的に目に映るが初めて見た。

「こんなところに、いつからあったんだろ」

 赤いレンガで外観を整えたそのお店の前に、背が小さいながらも整った容姿の女の子が立っているのだが、これまた絵になる雰囲気だ。

 中世ヨーロッパ風ファンタジーに、一人外壁を眺める茶髪の美女。あぁ、その時の表情を少し曇らせるとどうだろうか。おまけにその外壁も半壊させておけば、まるで転生者がかつて過去に仲間と居た場所を思い出して、記憶に思いを馳せている。か、のような光景にならないだろうか。

「なんか、良い感じかも」

 スマホを構える。画角を考えて息を潜めて動く。

 カメラの中に映る彼女は、モデルでもやっているのかスタイルも良く、おまけに服装のセンスもピカイチで、見ているだけで想像が膨らんでくる。

 カシャリ。

「あっ」

 音が鳴ってしまった。

「…………」

 やっべ振り返られた。目が合っちゃったし、なんか睨まれた後急に笑顔になって近づいて来てるんだけど。え、こっわ――

「真琴! 真琴だよね?」

 ――おまけになんでか名前バレているんですが? え? もしかして、私学内で首から下げている学生証下げたままだった? いや、下げてないな。じゃあ、なんで名前を。

「え? え? だ、誰ですか?」

 困惑。それ以外のなにも出て来ない。

「うちだよ、うち。璃奈。日高里菜。…………覚えて、ない?」

「お」

「お?」

「ぼえて……ない。ですね。はい、ごめんなさい。記憶にないです」

 急に名乗られても記憶の引き出しには彼女の名前は納められてなかった。

 いや、ゆっくり思い起こせばあるいは。

 なんてことを考えていると、璃奈と名乗った彼女が勝手に語り始めた。

「大山中学校。覚えてない? 同じクラスだったんだけど……」

 おぉう。約一〇年前の記憶を引っ張り出さなくちゃいけないようだ。

 だが、生憎私にとって大学生活より前のことはあまり覚えていたくない記憶でもある。そのためか、容易に思い起こすことは出来ない。

「あ~。ごめん。本当に覚えてないや。じゃあ、これで」

 その場から逃げるように下がろうとして、走り出す体勢になった所で背負っているリュックを引っ張られる。

 ぐへぇ。

「待って待って。真琴さ、このお店入ったことある?」

「ないない。一回も」

 帰りたい。

「そうなんだ! うちも入ったことなくてさぁ」

「へぇ、そりゃ奇遇ですねぇ」

 帰り、たい!!

「良かったら一緒に、どう?」

「帰りたいので帰ります!!」

 久々に叫んだ気がした。

 日高も私の叫び声に驚いたのか、リュックを掴んでいた手が離される。

 一瞬。反動で頭が揺れ前髪が浮いてしまって、普段は髪で隠している視界が鮮明に見えてしまう。おかげでいつもより周囲の視線が痛い気がした。

 がくんと身体にかかる重みを感じたが、私は構わず走る。

「はっ、はっ、はっ…………」

 すぐに息が切れる。

 煩く鼓動する心臓と、胸を圧迫する肺が痛い。

 もとより、運動なんてものと縁のない陰キャで根暗な私が走るなんて。

 むいて、ない。のだ。

 だから、勢いは既に死んでいた。

 たぶん走れた距離なんか三百もないだろう。

 それでも、私は必死に曲がり角までは走りきった。

「し、死に。そ……う」

 辛い。

「なんで、今になって出会うんだよ」

 仲良く話した記憶なんかない。けれど、たしかに彼女は同じクラスに居たのだろう。しかし、今更再会を果たしたところで何にもならない。過去を捨てた私にとって、必要のない関りなのだ。

「ずっと、忘れてたのに。忘れていたかったのに」

 記憶に刺激された心臓が大きく跳ねる。

「めんどくさい。めんどくさい。きもいきもいきもい。やめてよ、思い出すな、自分」

 一つの記憶に引き出されるように。

 当時、虐められていた記憶までもが。引き出されてしまって。

「くそ、くそくそくそ! あの子の、せいだ……!」


 私は、理不尽な怒りを叫んで。

 その場に座り込んでしまった。

 

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