不合理の共依存

川端 誄歌

五人の出会い

一ノ瀬真琴は嫌なやつである

 1

  一ノ瀬真琴いちのせまことと言う名前を持つ私は大人に成りたくなかった。何故なりたくないのかと問われれば理由は無数にある。私の父や母みたいになりたくないとか、働きたくないとか。真剣に悩んでいることから、本当にどうでも良いことまで。

 とは言え、時間は止まらない。気づけば二十歳なんてものは遠に過ぎている。だが、私にとっての大人と言うのは、年齢的。身体的成熟のことを指しているのではなく、社会の歯車の一部になって死ぬまで働いていくことを意味していた。そんな大人に憧れなんかなく、おまけに他人と時間を共に過ごしたくない私は、大学を卒業してからすぐに、歯車の一部には成りたくないと逃げるように専門学校へ入学した。

 誰かの責任は負いたくない。

 誰かのために生きたくない。

 誰かのために時間を消費したくない。

 根暗で、チビで、一言多い。愛らしさの欠片もないウルフカットの二十二歳女。

 それが私だ。

「あぁぁぁぁぁぁ。疲れた。もう、箸も持てない…………」

 美術関係の専門学校から出た私は、夕暮れの空に向けて大きなため息を吐く。誰かに見られたって困ることはない。たぶん。

 元々個人的に絵師として活動しているだけあって、クラスでは少し浮いていた。

 いや、最初は同類だと言わんばかりに女子高生(中学校を卒業して入ってきた子供)たちや社会人組(入学したときに最初から成人していた人)から、声をかけられたのだが、

『一ノ瀬さんってどんな絵を描くの? 見せてほしいな――』

「ん」

『わぁ! すごい!! 推しの神絵師、ノ背琴さんみたいなイラスト描く!!』

「あーそれ私だわ」

『――え? あの、ノ背琴さんなの!? え、すっご。サイン欲しい』

「あー、それは面倒だから描かない」

『え、じゃあ今度私とコラボしてイラストを描こう――』

「んーそれも面倒そうだからやだ」

『じゃあ――』

「あー面倒だから」

 と、すべて断っているうちに私は孤立した。

 今ではファンだと言ってきた子にも声をかけられることはない。それどころか、講師からもクラスメイトと仲良くしてくれとは言われなくなった。ここまで一か月。私は確実に嫌なやつだろう。

「さて。今日は……」

 納期がもう少し先のイラストの取材と画材を追加で買う予定がある。取材と言っても、写真を撮るくらいだ。いつもは適当にネットで単語を漁ってみるのだが、今回はイメージが抽象的過ぎて、絵が浮かんでこず。珍しく『取材』と言う形で今日は歩く予定なのだ。

「今日こそは、アイデアを絞り出そう」

 歩く。一時的に雨でも降ったらしく地面には水たまりがチラホラと出来ていて、ダボっとした黒白上下の服を着ている私の姿がうっすらと浮いている。

「…………この反射の構図は良いな。写メろう」

 スマホを取り出す。

 納得のいく角度を探し求めて、パシャリ。

 うん、良い感じだ。

 ちなみに私が言う『写メ』は死語とも言える写メールのことではなく、勝手に作った造語の『写真メモ』だ。感覚はスクショに似ている。と言うか、ほぼそのものだ。

「って、これは個人的創作に活かそう。とりあえず、いつもの書店に向かってだなぁ」

 歩きを再開する。

 思い切って二つくらい大きなサイズを着ているからか、歩くたびにパンツが風の抵抗を受けて尾を引くように脚に纏わりつく。

 上着も同様に大きいため、まるで自分より大きな彼氏の服を借りている気分になれた。ま、居たことないけどね。

「足りない色は、暖色と……」

 基本、イラストを描き上げる時私は一度紙に殴り描きをする。完成系はタブレットで描くが、色や構図、場面。イメージラフ画も全て、考えなしに紙に描く。筆が赴くまま、走らせるのだ。

 私が今、フリーの絵師としてある程度知名度があるのは、その下地である紙を絵師垢に上げたことが切っ掛けだった。

 私にとってのメモは、誰かにとって『神のたわむれ』らしい。まぁ、おかげで今は仕事として依頼が来たりと、学生として実家に引きこもりながら生活する分には問題のない収入を得ていられるわけなのだが。まぁ、それは良い。

 私のことをまるで小説に登場するキャラクターのように脳内で語っても、意味はない。私が好きなこじんまりとした書店に向かうまでは、キャラクターの考案とかに時間を潰すほうが時間的には有意義のはずだから。


 

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