第13話 日置side①
午後2時、仕事をひと段落させた日置は休憩スペースでホットコーヒーを飲んでいた。リラックスした方が仕事は捗るという社長の方針の元、休憩スペースには無料のコーヒーサーバーやお菓子が置かれ、4人掛けテーブルやカウンター席が設けられている。日置は、窓際に作られたカウンター席に座りながら、眼前に広がる景色を眺めていた。ビルの上階から見ると、地上から空までの空間が感じられて、身体の力が抜ける気がする。
(初めて桜井とコーヒーを飲んだのも、ここだったな)
日置は、その時に座った席をチラリと見た。毎回のように思い出すのは、初心を忘れないためだ。
(入社当時のダメダメな自分と、それを肯定してくれた桜井と……)
研修が終盤に差し掛かる頃、新人だけのプレゼン大会が行われた。優勝者の企画は商品化もあり得ると言われ、みんな張り切っていた。
もちろん日置も真摯に取り組んだが、中々いいアイディアが浮かばず、焦っていた。
(資料室で調べ物をする奴らもどんどん減っていって、最後は俺と桜井だけになったんだよな)
その日、今までに調べた資料を見返しながら頭を抱えていると、桜井に声を掛けられた。
「お疲れ様。よかったら、一緒に休憩しない?」
急に言われて戸惑いながらも、完全に煮詰まっていたため快諾した。桜井は「日置くんって、いつも最後までいるよね。一度話してみたいと思ってたの」と、照れたように言った。
「あー……。俺、真面目くらいしか取り柄ないから。頑張るしか能がないっていうか」
煮詰まっていたため、思わず自虐的な言葉が口を衝いて出た。実際、真面目というのは日置のコンプレックスだった。高校時代、大学時代と人並みに彼女はいたが、両方とも「真面目すぎてつまらない」と言われて終わった。そう言われても、どう自分を変えていいのかわからず、真面目という評価は、長年日置に重くのしかかっていた。どれだけ頑張っても、こんな自分ではいい企画など浮かばないという気がする。日置は勝手に考えて、どんどん落ち込んでいく。
「えっ? 真面目って最強じゃない?」
心底驚いたという声で桜井が言うから、思わず顔を上げると、目を大きく開けてきょとんとしている顔が目に入った。
「真面目って、物事に真摯に取り組めるし、努力だってできるってことでしょ? そういう性格って、どんな分野でも関係なしに力を発揮できるし、最強じゃないかな?」
桜井は一息に言うと、にっこり微笑んだ。
「そう……かも。そうやって考えたことはなかったけど、真面目って……悪くないかも」
日置は、心の中にどんより溜まっていたコンプレックスが、爽やかな風に一掃されたような、清々しさを感じた。握った手がじんわりと熱くなり、心が高揚していく。喜びを感じると同時に、あんなに自分を苦しめていた呪縛が、あっさり吹き飛ばされたことに戸惑う。日置は信じられない思いで桜井を眺めた。
「……なんて、半分は自分にも言い聞かせてるんだけどね。私も真面目くらいしか取り柄ないから」
桜井は、いたずらを白状する子どものような表情で言った。
「でも、真面目が最強だと思ってるのは本当だよ! なんていうか、筋肉は裏切らないって言うじゃない!? それと同じで、真面目は裏切らないって言うか……」
必死に弁明する桜井を見て、日置は思わず吹き出した。しばらく笑いが止まらない。
「ごめん……くくっ! だって、筋肉って、裏切らないって! それを例えに出すか!?」
日置は取り繕うことも忘れ、思いきり笑った。
(さっきまであんなに落ち込んでいたのに、こんなに愉快な気持ちになるなんて)
「そんなに笑わなくても……!」
桜井が赤面するのを、可愛いと思った。間違いなく、この時に好きになったと思う。
「もう! 笑ってないで、真面目な私たちが真面目に取り組んだ最強の結果を、披露し合おうよ! 絶対に有意義だから!」
「うんうん、真面目は裏切らないもんな」
笑いすぎて涙目で言う日置に、桜井がまた顔を赤くして抗議した。
真面目女子の恋愛フラグ @saku-ride
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