第12話 森山の気持ち
「日置先輩に告白しないんですか? 日置先輩モテるから、早くしないと誰かにとられちゃいますよ」
「う……。そうなんだよね。わかってはいるんだけど、私なんかがこ、告白なんて……」
森山の言葉に、明日香は項垂れた。言われるまでもなく、社内で日置狙いの女子を度々目撃している。
「なんで私なんかって言うんですか? 桜井さん素敵じゃないですか! 日岡先輩と仲もいいし」
「全然! 素敵っていうのは、萌ちゃんみたいな子を言うんだよ。雰囲気が柔らかくて、おしゃれで、いつも指先まできれい」
言いながらうつむく明日香の手を、森山が取った。
「桜井さんだって、指先可愛いっすよ」
森山は照れたような、怒ったような顔をしている。
「ありがとう。少しずつでも改善したくて、ネイルしてみたの。褒めてくれて嬉しい」
明日香は微笑んだ。
「桜井さんが可愛いのは、本当のことですから! 桜井さんはそのままでも可愛いですけど、改善したいっていうなら、俺が協力しますよ」
あまりに森山が熱心なので、明日香はなぜか笑えて来た。
「あはは。ありがとう! そんなに可愛いって言ってくれるなんて、酔っ払ってるでしょ?」
「いや、そうじゃないです! 桜井さんは、俺の尊敬する先輩なので、外見で自信がないとか言って欲しくないんです」
森山は真剣な眼差しで言った。幼い頃、周りの子より小さくて女の子みたいに可愛かった森山は、末っ子ということもあり、みんなに甘やかされた。学校でも同じで、森山が失敗しても「頑張ったね」「偉いね」と、誰も真剣に叱ってくれなかった。それが嫌になって身体を鍛え始め、成長期にぐんと身長が伸びたこともあり、今では体格がいい方だ。しかし、顔が可愛い系なせいか、生まれ持った気質のせいか〝末っ子キャラ〟から脱却できなかった。
(桜井さんは、初めて俺を真剣に扱ってくれたんだ)
指導係として、森山が間違っていたら指摘して、より良い方へ導いてくれる。明日香にしたら当たり前のことが、森山にとっては貴重だった。
(桜井さんが、自分に自信を持てないなんて、絶対に嫌だ)
「俺、姉が2人いて、普段から姉ちゃんたちのメイクとか手伝ってるから、けっこう詳しいですよ」
「そうなの? それは、是非頼らせて欲しい!」
メイクにも自身がない明日香にとって、嬉しいお知らせだった。
「……というか、実は俺、けっこうメイクとかファッションとか好きで。姉ちゃんのファッション雑誌とかも、毎号目を通してるんです。男なのに変かもしれないっすけど……」
森山はテーブルを見つめながら言った。今までは、家族以外には秘密にしていた話だ。明日香なら馬鹿にしないだろうと思っていても、目を見て話す勇気はない。
「変じゃないよ! 女の子の服とかメイクとか、キラキラしてて、雑誌で眺めるだけでも楽しいもんね。気持ちわかるなぁ」
明日香の口調から、本心だと伝わって来た。思い切って顔をあげると、明日香は楽しそうにニコニコしていた。それを見て、森山は気がついた。
(そっか。俺、どうしても桜井さんに頼ってほしくて、秘密を打ち明けたんだな。やっぱり桜井さんは笑わなかった)
先程、自分はまだ引き返せると言った森山だったが、もう手遅れだったと思い知る。
(日置先輩のために綺麗になりたい桜井さんを手伝うなんて、できるか?)
胸は痛んだが、自問するまでもなく、森山の気持ちは決まっていた。
(桜井さんが笑顔になれるなら、やるに決まってる)
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