第10話 2つの飲み会

 次の日、明日香は朝イチで森山を飲みに誘った。

「昨日は本当に申し訳ありませんでした! もう2度と、あのようなセクハラは致しません。つきましては、お詫びにお酒をご馳走させていただけないでしょうか!」

 真摯に謝る明日香に、森山は焦った様子で答える。

「そんな、大丈夫ですよ! 桜井さんにはいつもお世話になってるんで。それに、あれくらい迷惑でも何でもないですよ!」

 続けて、だから詫びは不要だと言う。

「そう言わず! 迷惑かけた埋め合わせをしないと、私が嫌なんだよ〜。お願い!」

 明日香は両手を合わせて懇願した。

「なんか、可愛いっすね」

 ボソリと森山がつぶやく。

「え? 何か言った?」

「いや! その……ネイル! 桜井さん、今日はネイルしてるんですね。その色、すっごく可愛いなって」

 森山は慌てて誤魔化した。森山の言葉に、明日香の顔がパッと輝く。

「本当? 嬉しい! 発色も鮮やかで気に入ってるの」

 不意の笑顔に、森山が撃ち抜かれたことにも気付かず、明日香は喜んだ。

「森山くん、こんな些細な変化に気が付いてくれるなんてすごいねぇ」

 ニコニコと話す明日香に、森山は赤くなった顔を隠すように顎の辺りを触りながら言った。

「俺、姉ちゃんが2人いるんで。それだけっすよ」

「そうなんだ! 森山くんは末っ子なの?」

 動揺して、いつもよりくだけた口調になっている森山に、明日香は無邪気に(少しは心を許してくれたのかな?)と思っていた。

 そして昼休み、明日香が昼食を買いに行こうとエレベーターホールに向かっていると、日置に声を掛けられた。

「桜井、お疲れ。これから昼?」

「日置! 日置も今日は社内にいたんだ」

 外回りしていることも多い日置が、午前中社内にいたことなんて、明日香はもちろん知っていた。しかし、知らない風を装う。

(話す機会ないかな〜って思ってたから、嬉しいな)

 明日香は、自然と頬がゆるむのを感じた。

「うん。仕事がちょっとひと段落したから。それで……ひと段落のお祝いに、飲みに行きたいなと思ってたんだけど、桜井、付き合ってくれない?」

「え!? 私?」

 明日香は驚いて日置の顔をじっと見た。日置は明日香を見て、ははっと笑う。

「そんなに驚く? 新人の頃は、けっこう行ってただろ」

「そ、そうだけど、すっごく久しぶりだったから……」

(日置の笑顔、心臓に悪い……)

 黙っているとクールに見える日置だが、笑うと一気に表情が柔らかくなる。

「もちろん、私でよければ」

 明日香はもちろん誘いを受けた。

「やった! じゃあ、今日はどう?」

「大丈……あっ! ごめん、今日はちょっと予定があって。明日以降でもいい?」

 明日香は森山との約束を思い出した。

「もちろん。今日は何をするの?」

「うん。森山くんと、飲みに行く約束があって」

「森山? 二人で飲むほど仲良かったっけ?」

 日置はおどろいたように言った。

「うんと、ほら! 森山くん頑張ってるから、教育係として労おうかな〜、みたいな……」

 日置に誤解をされたくはないが、下着を透けさせたお詫びなんて言えるわけもない。明日香は目を泳がせながらしどろもどろで答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る