第9話 素敵になりたい

 仕事が終わり、明日香は駅前のファッションビルにやって来た。もちろんカーディガンをしっかり着込み、ボタンも全てとめている。

(外はまだまだ暑いから、屋内は冷房が効いててありがたい)

 あの後、森山に半泣きで平謝りした。

(もういい大人にのに、何やってんの。森山くんに対しても、セクハラじゃん……)

 思い出すと、今でも頬が赤くなる。

(そもそも、会社に着くまでは、カーディガンなしで歩いてたし)

 ということは、出勤中も、会社に着いてカーディガンを羽織る間も、ずっと下着が透けていたということだ。そう考えると、恥ずかしくて死んでしまいそうになる。

(でも、家を出る前に鏡で確認した時は、見えてなかったよね。ずっと透けてたわけではないのかも……)

 わずかな可能性にすがって、どうかそうでありますようにと祈った。

 明日香は、いくつかのショップをのぞきながら、下着の上に着るインナーを探した。もちろん今だって身につけているものの、見えたということは、古くなって伸びていたのだろう。

(正直、いつ買ったか思い出せない……)

 服装に無頓着な明日香は、古い洋服も、着られるなら着続けるタイプだった。

(大人の女性として、あり得ないよね。こんな枯れてたら、日置に相手にされる筈ないよ。せっかく素敵な下着を貰ったんだから、私も素敵になりたい)

 だからこそ、いつものようにプチプラのショップや、シンプルなデザインが特徴のショップで済ませず、ファッションビルに来ている。大人として、服装をきちんとしようという決意だ。

(始まりが、下着を透けさせないインナーとか、どれだけレベルが低いの……)

 自らの女子力の低さに落胆する。今まで、苦手だからとファッションをサボっていたツケが来たようだ。しかし落ち込んでいる場合ではない。気を取り直してインナーを見て回った。

(久しぶりに来たけど、可愛い服がたくさんあるなぁ)

さっきから、ワンピースやシフォンスカート、ふんわりとしたシルエットのシャツ等、たくさんの洋服に目移りしていた。

 しかし、急にファッションを変えると周りにどう思われるだろうとか、コーディネートを失敗したらどうしようとか、ネガティブな気持ちが邪魔をして、手に取ることはできなかった。

(とりあえず、服に関しては、今日は下見ってことで! 次に来る時は買おう)

 そう決意して、インナーを予定通り購入する。次は本屋でファッション雑誌を購入しようと、明日香はエスカレーターへ向かった。おしゃれしたいと思った気持ちを萎ませないため、ファッションを勉強するためだ。その途中のコスメショップで、ネイルが並んでいるのが目に入り、思わず足を止める。

(萌ちゃんのネイル、きれいだったなぁ。ファッションは無理でも、ネイルくらいなら、私にもすぐにできるよね)

 明日香は、たくさんのカラーに圧倒されながらも、かわいい薄ピンクのネイルを購入した。

 ネイルが入った、ショップの可愛い紙袋を持っているだけで、楽しい気分だ。

(こんな気持ちになれるもの、今までずっと避けてたなんて。もったいなかったな)

 明日香は今までの自分を反省しながら本屋へと向かった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る