第8話 突然のバックハグ

 翌日、明日香は鮮やかなレモンイエローの下着を身に付けた。萌のことで沈みがちになる気持ちを前向きにするため、日置を諦めないための決意表明だった。

(本当に、気持ちが明るくなるから不思議)

 身につけた瞬間から、心の中に菜の花が咲いている様だ。足取りも軽く、笑顔を浮かべる余裕もあった。

(よし! 今日も頑張ろう。浅倉食品の仕事を担当ができなかったとしても、日置を失うわけじゃない)

 明日香は、いつもより張り切って仕事に取り組んだ。集中していると、あっという間に時間は過ぎ、気がつくとお昼になっていた。

「お疲れ様でーす。桜井さん、今日は鬼気迫る感じで仕事してましたね〜」

 後輩の森山が声を掛けて来た。明日香は伸びをして、固まった身体をほぐしながら答える。

「新しい仕事がそろそろ始まるかもしれないから、今やってるのを片付けちゃいたくて」

「新しい? それって、浅倉食品の仕事ですか? 昨日清水さんが担当したいって言ってましたよね」

 痛いところをつかれた。昨日、萌とのやり取りはフロア中の人に見られていたため、森山も当然知っている。明日香は、なるべく自然に見えるように微笑んだ。

「担当替えについては、まだ先方に確認中だから。一応私も準備しておかないとね」

「なるほど。それもそうですね」

 森山は「そうですね」と言っておきながら、明日香の顔をじっと見つめたままだ。まるで、明日香の本心を探っているようで、落ち着かない。結局、先に顔を背けたのは明日香だった。

「なんか、暑いよね。仕事に集中したせいかな」

 話題をそらせようと、羽織っていたカーディガンを脱ぐ。すると、明日香を見つめていた森山の目が、驚いたように見開かれた。そして、突然森山に後ろから抱きしめられる。いわゆるバックハグというやつだ。

「え!? どうしたの? 森山くん?」

 明日香はパニックになりながら、森山に聞く。抱きしめられたまま振り向くと、すぐ近くに赤面した森山の顔があり、その近さに明日香の顔も紅潮していく。森山は少しの間、言い淀んでいたが、やがて観念したように小声で囁いた。

「桜井さん、動かないで。その……色々見えてます。すみません」

(えっ? 見えてるって何が?)

明日香は下を見てみたが、森山の腕に遮られてよく見えない。明日香の様子に、森山はわかってないと感じたらしい。少し逡巡した後、恥ずかしそうに顔を明日香の肩に埋めて、言った。

「その……黄色の……」

(黄色!? ってことはまさか!)

一気に状況を理解して、恥ずかしさで爆発しそうになった。

「桜井さん、俺が壁になるんでカーディガンを着てください」

「……ハイ。アリガトウゴザイマス……」

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