第3話 女子だけに効く魔法の話

「いやいやいや! 下着の出番って、何言ってるの? 私が、その、しょ、勝負下着を身につけたところで、日置に披露する機会なんてないし!」

 明日香は顔を真っ赤にしながら訴える。日置に下着姿を見られるなんて、考えただけで恥ずかしい。

「落ち着いてよ。あんたにそんな真似できないこと、私がわからないはずないでしょ! 明日香は、着るだけでいいんだって」

「着るだけ? 着たところで、日置には見えないのに、何のアピールになるの?」

 明日香の質問は、知美が待っていたもののようだ。ふふ〜んと、満足そうな声が、電話の向こうから届いた。

「それはね、綺麗な下着を身に付けると、女子には魔法がかかるからよ」

「え? ごめん、さっきから、知美の言ってる意味がわからないんだけど」

 明日香は戸惑った。知美の言葉を理解できないのは、日置の話題を出されて動揺しているからだろうか。それとも、勝負下着のインパクトがまだ影響してる?

「だから、女子はみんなシンデレラなのよ〜」

 いや違うな。完全に知美がおかしなこと言ってる。もしや産後ハイってこういうこと?

「知美。大変だろうけど、たまには赤ちゃんを旦那さんにまかせて、ゆっくり寝なよ」

 明日香は、できるだけ知美を刺激しないように、優しい声を出した。

「違う、疲れてるとかじゃない! 要は、女子は身に付けるもので気持ちに大きな変化があるってこと」

 知美がようやくわかりやすい言葉を発したので、明日香はホッとする。

「ほら、かわいいネイルしたとか、憧れのブランドのヒールを履いてるとか、シルエットが綺麗なワンピースを着てるとか、そういう時、意識変わるでしょ?」

 明日香にも、知美の言わんとしていることがわかった。明日香は、ネイルはしないし、ヒールの靴も滅多に履かない。ワンピースも、しばらく着ていなかった。でも、卒業式で袴を着たり、知美の結婚式に出るためにドレスアップしたり、着飾ったことはもちろんある。そういう、普段とは違う服装になった時、自分が綺麗になったような気がして、いつもより自信を持って背筋を張れた。指先や足先にまで意識が届いて、立ち居振る舞いにも影響が出た。知美はそういうことが言いたいんだろう。

「下着だって、とびきり美しいものを身に付けると、自信がつくよ。外からはわからなくても、自分の内面にすごい影響が出る」

「うん。わかる」

「でしょう? 明日香、あまり装飾品は身に付けないし、メイクも手をかけないでしょ? だから下着にしたの。これなら、着てくれるかなって」

「知美……」

 知美は、明日香のことを真剣に考えて、下着を贈ってくれたのだ。明日香は、その心遣いが嬉しくて、心の中でしばし感動する。

「ありがとう。明日から、早速使わせてもらう」

「そうして。間違っても、急に日置の前で服を脱いじゃダメだよ?」

「なっ! 会社でそんなことする訳ないでしょ!」

 感動が台無しな言葉だったが、もちろん明日香には、これが知美の照れ隠しだと気が付いていた。改めて感謝の意を伝え、育児を激励して電話を切った。

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