代々木あかり


「あ、代々木さんちょっといいかな」

「はい」

 練習が終わり、部室を出ようとすると佑子先輩に呼び止められる。

「あの子、音無さんって作曲はできるのかな」

「作曲ですか…。どうだろう」

 私はやったことがないから分からないけど、作曲と編曲とは別物のように思える。アレンジとは違い0から曲を作るのは容易ではないはずだ。まあ、奏の音楽センスならできそうと思ってしまうけれど。

「もしできるならやってほしいんだ。応援歌は今あるものでも十分だと思うけど、あんなすごい楽譜を作れる人だって知ったら頼みたくなっちゃって」

「そうですね」

 奏の楽譜のすごさは既に吹奏楽部の全員が認めている。そのクオリティは素人のものとは思えないほどだ。

「ダメ元で明日聞いてみるかな。代々木さん、また付き添いお願いしてもいい?」

「はい、分かりました」

 佑子先輩や部のみんなが奏を認めてくれるのは素直に嬉しい。けど、奏に負担が増えると懸念もあった。奏は一人で抱え込むことが多い。それに周りには抱え込んでいるように見えないのも厄介なところだ。今回はそうならないといいけど。私はそう思いながら夜の道を歩いた。


「うーん…。いいですよ!やってみます!」

 翌日、佑子先輩と一緒に相談しに行くと奏は一瞬迷ったけどすぐに笑顔でそう答えた。

「本当に?大丈夫?まだアレンジの方も数曲あるよね?」

「ああ、それならもう明日には終わる予定なので問題ないです」

「おお、そうなんだ。それじゃ、よろしくお願いします」

「はい!任せてください!」

 奏はポンと胸を叩いた。頼もしいことこの上ない。15の曲のアレンジを10日で終わらせ、残りの20日で曲を作るなんて。奏の成長速度、音楽センスは私が想像しているよりはるかにすごいものなのかもしれない。

「よし、じゃあ私たちは今できてる楽譜を完璧にしようか!」

「はい!」

 佑子先輩と分かれそれぞれの楽器の練習場所に向かった。

「あ、代々木さん!待ってたよ!」

 トランペットが練習に使わせてもらっている理科室には沢山の先輩たちがいた。最近こういうことが多い。

「ここの『心から叫ぶように』ってどういうこと?」

「こっちの『唸るように』も教えてほしいんだけど」

 大体みんな奏の楽譜の解読に行き詰まり、救いを求めるように私を訪ねてくる。そりゃそうだと私も思う。私は慣れているから理解できるけど、他の人たちにあんな指示で伝わるわけがないのだ。私は自分の練習時間に加えて他の楽器の楽譜の解読もしなければならず苦労した。全く、奏も成長するならもう少し皆にも分かりやすい楽譜を作れるように成長してほしいものだ。


 翌日、奏は宣言通りアレンジの楽譜を全て作り終え、オリジナルの応援歌作りに取り掛かり始めたとカレンちゃんから聞いた。

 一方私は休む間もなくトランペットを吹いたり奏の楽譜の解読をしたりで大忙しだった。楽譜ができてすぐは解読依頼者が殺到しやすい。下校時間までずっと解読していたこともあった。

そうなると自分の練習は家でやるしかない。夜遅くに吹くのは無理だから、指の動きだけでもと練習をする。過密なスケジュールが続くが、佑子先輩や他の三年生たちのことを考え何とか乗り越えた。

「よし!やっと終わった!」

 すべての楽譜を解読し終え、自分の練習も完璧な状態まで仕上げると、思わずそんな心の声が漏れた。これで残りは応援歌の練習だけなのだが。

「楽譜がまだできてない?」

「うん。そうみたい。やっぱり無理させちゃったかな…」

「ちょっと様子見てきます」

 私は音楽室に走った。懸念は当たってしまったかもしれない。奏は自分のキャパシティーより挑戦を優先する傾向がある。今回であれば作曲への挑戦、だろう。そして奏はキャパシティーを超えても誰にも頼らない。ただ自分で自分に鞭を打ち続ける。そしてもし楽譜が完成しないなんてことがあったら。

 嫌な記憶がフラッシュバックする。

 音楽室を覗くと険しい表情をしている奏が見えた。やっぱり、と思い入ろうとして気づく。奏の隣、正面にカレンちゃんと真白君がいることに。ドアを開けると三人はこちらを向いた。

「あかり!ちょうどよかった!これ、応援歌の楽譜!」

「え、できたの?」

 明るい表情の奏を見て驚く。

「うん!ちょうど今見直しも終わったところ。二人に手伝ってもらって何とかだけど」

 奏は二人に視線を移す。

「いや、僕たちは何にも」

「ね。ほぼ全部奏ちゃんの力だよ」

「いやいや、二人のおかげで…」

 三人は笑い合う。私はそれを見てホッとした。

……杞憂だった。今の奏はもう子供じゃないし、一人でもない。ちゃんと、一緒にいてくれる友達がいるじゃないか。そんな当たり前のことがたまらなく嬉しい。

「じゃあ楽譜、もらっていくね」

「うん。あ、明日から私も練習見に行くから。実際の演奏見て最後の修正もしたいし」

「私たちも何か手伝うことあれば行くよ!」

 二人の言葉に真白君も首肯する。

「…うん、ありがとう。三人ともよろしく」

 私はそのまま楽譜を持って音楽室を去った。

 翌日から三人を交えての練習が始まった。奏はこれまで私がやっていた解読を引き継いでくれたのだが。

「うーん、そうだね。もっとズバンって感じで」

「違う。それだとザブンだから」

 みんなが余計に混乱しているのが見えた。

 カレンちゃんと真白君も各楽器の連絡や録音などをやってくれて、一分一秒が惜しい状態にあった私たちにはとてもありがたかった。

「代々木さん」

「はい?」

「あの子たちに頼んで正解だったね」

「そうですね……!」

 佑子先輩の言葉に、私は大きく頷く。奏が、いや、三人が作った応援歌は素晴らしいもので、演奏している私たちまで鼓舞されているような気持ちになった。私たちはそれを何とか最初の試合までに完成させた。


 野球部は順調に勝ち進み、見事悲願の甲子園出場を果たした。

「やった!やった!」

 佑子先輩は楽器を置くと泣きながら喜び、周りの同級生たちと抱き合っていた。その姿を見て思う。自分もあんな風に笑える日が来るのだろうかと。そして思い直す。その日が来るかどうかは自分次第だ。願い努力すればきっと叶う。佑子先輩のように。私はそう信じて、一般応援の席にいる奏を見た。カレンちゃん、真白君と一緒に喜んでいる姿を見て、私はあの二人にも、私のやりたいことに協力してもらえないだろうかと考えた。



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