文化祭②



 文化祭一日目が始まった。いつもは気真面目そうな生徒会長の高らかな開催宣言を皮切りに、吹奏楽部の演奏とダンス部の華やかな踊りでオープニングセレモニーは終始大盛り上がりだった。

「あ、あかりいた!」

 演奏しているあかりちゃんを見つけ、奏ちゃんは興奮して手を振った。いつもは下ろしている髪をポニーテールにしているあかりちゃんはいつもより更に大人っぽく、洗練された美しさを身につけていた。当然演奏しているあかりちゃんは手を振り返せないけど、こちらを見て若干微笑んだのが分かった。

「あかり、今度はトランペットなんだ」

「今度はって?」

「ほら、前にも言ったけどあかりは色々な楽器やるから。私と初めて会ったのはピアノ教室だったし、その後バイオリンやったりギターやったりもしてたし、全部上手くてすごいんだよ」

「へー、楽器が好きなんだね」

「うん、そうだと思う」

 奏ちゃんはジッとあかりちゃんの方を見つめていた。その表情は笑っているけど、何か別の感情が浮かんでいるような気がした。真白君から奏ちゃんの事情を聞いてしまったから、そう見えるのかもしれないけど。


「お疲れ、あかり」

「ありがとう」

 演奏を終えたあかりちゃんを二人で迎えに行った。

「すごい演奏だったよ。全体のバランスも良かったし、その中でもあかりの音は際立ってた」

「そうでしょ。いっぱい練習したからね」

 あかりちゃんは笑った。

「今度、ソロで聴かせてね」

「もちろん。そのつもりでやってるんだから」

 奏ちゃんはその言葉に、また複雑な笑顔を浮かべた。


 私達三人は午前中一緒に文化祭を回ろうと事前に話をしていた。そのためにクラスでの仕事の担当時間を午後の後半にしていた。

 色々な出店や出し物が並んでいた。中学校の頃の文化祭なんて名ばかりの合唱コンクールだった私にとっては高校の文化祭はすごく魅力的だった。みんないつもより活気に溢れていて、お祭りという感じだ。こういう雰囲気は好きだ。

「あ、これ良さそう!」

「あそこも行こう!」

 奏ちゃんは目についた場所全てに入っていき、私とあかりちゃんはその後ろでやれやれと思いながら笑い合っていた。結局午前中だけで半分以上の出し物を回り、食事のために2年生の教室の喫茶店に入った。

「いや、楽しいね。高校の文化祭って」

「ほんとだね。いっぱい買っちゃった」

「奏は買い過ぎ」

 あかりちゃんに指摘されて奏ちゃんは苦笑いした。机4つをくっつけマットを敷いた簡易テーブルは奏ちゃんの買った食べ物で埋め尽くされていた。

「……みんなで頑張って食べようね」

「私たちも食べるの!?」

 私たちは大量の食糧を頑張って消費していった。

「最後にどこか一か所行ってみようか」

 時計を見ると、午後の当番の時間が近い。

「どこか行きたいところある?」

 あかりちゃんは首を振った。奏ちゃんは少し考えてから、あ、と小さく声をあげた。

「真白君のクラス行ってみたい」

「あー」

 確か真白君のクラスはお化け屋敷だったはずだ。お化け役を任されたが怖がらせる自信がないと練習の時にこぼしていた。

「じゃあそこ行ってみようか」

 あかりちゃんが立ち上がった。私たちも重たくなったお腹を上げてお化け屋敷に向かった。

「いや、怖かったねー」

「ね、やってることは他のクラスと変わらないのにすごく怖かった」

 真白君のいる1年A組の教室から出てきた人が口々にそう話していた。そんなに本格的なのだろうかと若干怖気づく。中からは悲鳴も聞こえてきて、より恐怖が膨らんだ。

「カレンちゃん、お化け屋敷とか苦手?」

 察してくれたあかりちゃんが私の顔を覗き込む。

「うん。文化祭のくらいなら大丈夫だと思ってたんだけど、結構怖いみたいだから」

「カレンちゃんは多分大丈夫だよ」

 けろっと何の根拠もなく奏ちゃんが言ったので驚いた。

「え、どういうこと?」

「中に入れば分かるよ」

奏ちゃんはそう言って笑った。私たちの番が回ってくる。100円を渡して黒いカーテンをくぐる。背後でドアが閉まると、奏ちゃんの言っていた意味が理解できた。

「これって」

「そ。怖いのはこれが流れてるから」

 外からは聞こえなかったが、教室内にはBGMが流れていた。有名なホラー番組のオープニングソングのピアノ版だ。そして私にはそれが奏ちゃん作、真白君演奏のものだとすぐに分かった。

「なるほど、そういうこと」

「うん。みんなが怖がりそうな音を作って、って真白君に頼まれてたんだ。それで文化祭の曲の片手間に作ってみたの」

「だからあんなに疲れてたんだ……」

 この曲は学校では弾いてなかったからきっと家で練習していたのだろう。二曲同時進行となればクマもできるはずだ。

「これが真白君の演奏か……」

 あかりちゃんはBGMを聞いて、感心したように呟いた。

「とりあえず進もうか」

 奏ちゃんに促され進んでいく。教室は遮光カーテンで覆われていて真っ暗だった。BGMの効果は確かに慣れている私には薄いかもしれないがやはり不気味だ。恐る恐る進んでいく。

「ひっ!」

 首筋に風を感じる。見ると細い管の先端が引っ込んで行った。BGM以外も割と本格的なようだ。

「ばあ!!」

「わああ!!」

 突如通路を仕切る薄い壁を突き破って、黒い布を被ったお化けが出てきた。私は思い切り叫んでしまった。

「あれ、水谷さん?」

 怯えているとお化けから聞き慣れた声がした。

「あ、真白君だ」

 奏ちゃんが言うと真白君は布を脱いで顔を出した。その顔は血に塗れていて、今度は奏ちゃんとあかりちゃんがきゃああと悲鳴をあげた。恐るべき2段構え。

「あ、ごめん。血糊塗ったままだった」

 真白君は血まみれの顔で笑った。

「うちのお化け屋敷、結構本格的でしょ」

「うん。特にBGMがいいね」

 奏ちゃんは胸を張った。

「作ってもらったおかげでかなり助かったよ。それじゃ」

 真白君はいそいそと布を被り始めた。次の組が入ってきたようで、後方からドアが開く音がした。私たちは進み出したけど後半はそこまで怖くなかった。真白君の登場で一気に日常感が出てしまったせいだろうか。少し損した気分になる。

「色々あったけど血まみれの真白君の顔が一番怖かったな」

「そうだね」

 奏ちゃんと話していると、あかりちゃんはジッと今出たばかりの1Aの教室を見ていた。

「どうしたの、あかり」

「……さっきの人が奏の代奏?」

「うん、そうだよ」

「そっか。今度、彼の演奏聴きたいなと思って」

「今度っていうか、明日聴けると思うよ」

「明日?」

「うん。有志の演奏で」

「有志、そっか。出るって言ってたね。…明日聴けるのか……」

 あかりちゃんは一人で納得するように頷いた。何だかあかりちゃんは妙に真白君のことを気にしているような気がする。やっぱり幼馴染として、奏ちゃんの代わりを務める真白君の存在は気になるのだろうか。

 私たちはその後それぞれクラスの仕事に行き、文化祭一日目は終わった。


 

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