文化祭①
「来月には文化祭がある。有志の申し込みは今日からだから、申し込みたい人は用紙を渡すから声をかけてくれ」
結婚式が終わってから数日後、先生は朝のHRでそう言った。受験対策とはいえ6月に文化祭をやる学校なんてうちくらいなものだろう。
「文化祭では何かやるの?」
「うん、真白君に演奏してもらうつもり。あ、先生!」
奏ちゃんは教室から出て行こうとする先生を呼び止めた。
「さて、次も成功させるぞ!」
奏ちゃんはノリノリで必要事項の記入を始めた。結婚式での成功の記憶も新しいからか、奏ちゃんのテンションは以前より高くなっている気がした。きっと文化祭も大盛り上がりするだろうな、と私も楽しみになる。ていうかそのプリントって真白君が書くものじゃ……。
「文化祭に出ます」
放課後、既に必要事項が書かれた申込用紙を見せて、奏ちゃんは決定事項のように告げた。
「言うと思ったよ」
真白君はもう察していたらしく、特に驚く様子もなかった。奏ちゃんはそれを承諾と受け取り、スキップしながら用紙の提出に向かった。真白君は気にすることなく鍵盤を叩き続けていた。
「真白君、嫌がるかと思った」
「別に嫌じゃないよ。弾けるのは嬉しい」
「そっか……」
真白君の表情も以前より柔和に見えた。真白君も、結婚式での演奏で何かが変わったのかもしれない。
「じゃあまたSNSに投稿しない?あれから別の曲を弾いてくれ!とかメッセージがすごくてさ」
スマホを取り出すと、真白君は嫌そうな顔をした。文化祭は良くてSNSはダメなのか。いまいち基準が分からない。
「よし、練習やろうか!」
戻ってきた奏ちゃんが元気に声をあげる。文化祭に向けた練習が始まった。
「じゃあまず、文化祭で弾く曲を決めたいと思います」
私たちは音楽室の机を移動させてくっつけて、選曲会議を始めた。
「何か意見のある人!はい!」
奏ちゃんは自分で問いかけて自分で挙手した。
「私はクラシックでいきたいです!これまでに作った楽譜がいっぱいあるから、それを試したい!」
「うーん、クラシックか……」
真白君は難色を示した。私も真白君に同意見だった。
「文化祭でクラシックってちょっと難しいと思う。感動とかより一体感みたいな、皆で盛り上がろうって感じの方がいいと思うな」
真白君の意見に私も頷いた。
「むう、確かにそうかも……」
「有志の演奏っていつだっけ?」
「確か2日目の昼から夕方だったかな…」
文化祭は3日間にわたって行われる。一日目は学内のみの開催。二日目と三日目は外部の人も入れる。
「だったらなおさら盛り上がる曲がいいと思うな。文化祭の終わりで弾くならノスタルジーなクラシックでもいいと思うけど、2日目なら盛り上がった方がいい」
「そうだね……」
奏ちゃんはうんと納得したようだった。
「じゃあみんなが知ってるようなポップスにしよう」
奏ちゃんは納得するとあっさりと意見を替えた。柔軟なところが奏ちゃんらしい。
「って言っても私、あんまり詳しくないんだよね。今ってどんなのが流行ってるの?」
奏ちゃんは真白君に意見を求めた。
「……正直僕もあんまり詳しくない。小さい頃からピアノやってるとどうしてもクラシックばっかり聴いちゃうから」
「分かる」
ピアニストあるあるらしかった。二人の目が私に向く。
「カレンちゃん、知ってる?」
「うーん、私も人並みにしか分からないと思う。二人はどんな曲知ってるの?」
試しに聞いてみることにした。いくら二人でも少しくらいは知っているだろう。
「世界に一つだけの花」
「マツケンサンバ」
「二人とも古すぎ……」
頭を抱えてしまった。この二人に選曲を任せたら大変なことになりそうだ。
「水谷さん、選曲お願いしてもいい?」
「カレンちゃんお願い!」
二人が頭を下げた。逡巡するけど、私が二人の役に立てることなんてほとんどない。私はこの役割を引き受けることにした。
「ありがとう!」
二人は大仰に感謝した。引き受けてから、これってかなり重要な役割じゃないか、と気づいた。
早速家に帰ってから、動画サイトで配信されている流行の曲を聴きまくった。友達が良いと言っていた曲とか、ファミレスで流れているような、本当に皆が知っていそうな曲だ。どれがいいのか悪いのか、ピアノや曲同士の相性なんかは分からないから、本当に全部聴いた。二人の演奏を少しでもいいものにするために。作業は夜中まで続いた。
翌日、いいと思った曲をプレイリストに突っ込んで順番に再生していった。二人は音楽が始まると、目を瞑って集中して聴いていた。全曲を聴き終わる頃には2時間が経過していた。
「カレンちゃん、これ全部昨日聴いて集めてくれたの?」
「うん。気づいたら夜中になってた」
私が笑うと、奏ちゃんは私の手を握った。
「ありがとうね、カレンちゃん」
うるうるした大きな瞳が目の間にまで寄ってくる。
「すごいね。今の曲ってこんな感じなんだ」
真白君は感心したように言った。
「ね、私も思った。クラシック以外も聞かなきゃだめだな」
奏ちゃんも似たような反応だった。二人が感心するような音楽的要素はよく分からないけど、どうやら満足してもらえたようで良かった。
「じゃあこの中から演奏する曲を決めてこう!」
私たちは選曲を始めた。のだが。
「なんでその曲なの?こっちの方がいい!」
「いや、絶対これの後はこっちだよ」
ぎゃーぎゃーと言い合いが始まる。もう3度目だ。
真白君と奏ちゃんは毎回意見が分かれた。好みが正反対なのかもしれない。
「カレンちゃん、どっちがいいと思う!?」
揉めるとお互い強情で譲らなくて、決定権は毎回私に委ねられた。私は二人からの圧に耐えながら、なるべく公正に判断した。
結局演奏することになった5曲のうち、4曲は二人が揉めて、最終的に私が決めた曲だった。こんな選び方で大丈夫かな、と少し不安だった。
「じゃあ、私はこの後有志の代表者会議があるから練習しておいて。カレンちゃん、真白君がサボらないように見ておいてね」
「サボらないよ」
「あはは…」
真白君と奏ちゃんは演奏の曲を決めてからこういう軽口を叩き合うことが多くなった。決して仲が悪いわけではない。むしろ一段回遠慮がなくなったようにも見えた。真白君が演奏を開始すると、私はピアノの近くにあった録音機を手に取った。「いつでもいいよ」と言うと真白君は頷いた。真白君はこの前聴いたばかりの候補曲たちを既にほぼ完コピしていた。絶対音感というやつだろうか。よく分からないけど、できたら楽しいだろうなと思った。
「順番決まったよ!」
ドアの開く音とともに奏ちゃんの声が音楽室に飛び込んでくる。会議から戻ってきた奏ちゃんはいつにも増して上機嫌だった。
「じゃーん!有志のトリです!」
やったー。いえーい、と子供のように喜ぶ奏ちゃんと裏腹に、真白君はため息をついた。
「よくトリなんて取れたね」
普通は3年生とかがやりそうな気がするけど。
「うーん、何かみんなトリは嫌みたいで。立候補したらそのまま通っちゃった」
「へえー、やっぱプレッシャーかかるからかな」
言うと背後の真白君からまたため息が聞こえてきた。余計なことを言ってしまったかもしれない。
「まあでも順番なんて関係ないよ。盛り上げればいいだけだから。よし、楽譜作るぞ!」
奏ちゃんは楽譜作りを始めた。
文化祭までの時間はあっという間に過ぎて行った。途中からクラスの出し物の準備も始まり練習時間が減ってしまったが、結婚式の時と同様奏ちゃんは超人的な集中力で楽譜を作って、真白君はそれを一音ずつ、丁寧に紡いで曲にしていった。
「よし、完璧だね」
「すごい!なんかいつもと違う!」
私は完成した演奏を聞いて興奮していた。真白君の演奏は今までも聴いていたが、今回は一味違った。奏ちゃんや真白君風に言うなら、音色が違うということなのだろうか。
「ふふん、今回は感動より盛り上げ仕様だからね。これを聴けばみんなノリノリだよ」
奏ちゃんも言いながら小躍りをしていた。
「間に合った……」
真白君は肩で息をしていた。ここ数日は追い込みでほぼ休むことなく弾き続けていたからへとへとなのだろう。目にクマまでできている。
「じゃあ明日は朝少し合わせて放課後はおやすみ!文化祭一日目、楽しもう!」
「おー!」
「おー……」
元気な私とぐったりした真白君は対照的な声をあげた。
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