魔王尋問委員会 イケメン魔王

釧路太郎

第1話 イケメン魔王と私

 尋問委員として初めての仕事になるわけなのだけれど、私が担当すことになった魔王はどう見ても普通の人間なのだ。魔王と言えばもっとこう、禍々しい見た目で今にも人を食い殺しそうな感じを想像していたのだが、私の目の前にいる魔王は普通にの人間にしか見えないのだ。普通の人間というよりも、どこかハンサムなお兄さんと言った風貌であった。

「なに、どうしたのかな。僕の顔に何かついてるかい?」

 これから私が尋問する魔王は私の視線に気が付くとおどけた表情を見せて私の緊張を解こうとしてくれていた。そんな事をされても私は尋問の手を緩めたりはしないのだけれど、少しくらいなら優しくしてあげても良いかもしれないな。

「良かった。僕の今日の担当は君なんだね。昨日みたいな怖いおじさんが続いたらどうしようかなって思ってたんだよ。昨日のおじさんは僕が話しかける前にいきなり殴りかかってきたからね、ちょっと驚いてしまったけどアレが彼のやり方なんだって思えたらさ、それもありかなって思ったんだよね。ちなみに、君は僕の事を殴ったりしないよね?」

「そ、そんな事しませんよ。殴ったりなんてしたことないし、そんな人本当にいるんですか?」

「そんな人って、昨日のおじさんは頭が剥げてるのに髭がもさもさで顔を上下反対にしてもちゃんとヒトに見えるようなおじさんだったよ」

「あ、そうなんですね」

 髪が無くて髭がある人は何人か見たことがあるけど、その中の一人がいつも何かに怒ってる人なんだよな。私はその人と話したことは無いんだけど、みんな苦手だって言ってるから私も何となく苦手意識を持ってるんだよね。そんな人に一日尋問されるなんてこの人も魔王ながら気の毒に感じちゃうよ。

「じゃあ、さっそく始めようか。君が聞きたいことは何かな。君みたいに素敵な女性の質問だったらなんでも答えちゃうよ。さあ、遠慮しないで何でも聞いてみてくれたまえ」

「それでは、あなたは魔王として今までどんな罪を重ねてきましたか?」

「おっと、いきなり核心をつこうとするなんて偉いね。駆け引きなんて関係なしって感じだね。良いよ良いよ。そんな感じで言っちゃおうか。えっと、僕が魔王としてどんな罪を重ねてきたかって質問だったね。その質問には残念ながら答えようが無いね。僕は魔王としてやるべきことをきちんとやっていたからね。魔王の道から外れた事なんて何一つした覚えはないさ」

「そ、そうですか。でも、資料によると、勇者を六人と罪のない村人を五十四人、商売人を十二人殺してるみたいなんですけど、それは罪だとは思ってないという事ですか?」

「もちろんだとも。僕は魔王だからね。魔王が勇者と仲良くしてたり従わない村人と一緒に生活してみたり、相場よりも高い値段で僕を騙そうとするような奴らを殺したところで何の罪になるというのだろうか。僕は魔王であるし、魔王は勇者に屈したりしてはイケないのだ。そう言う点では、僕の罪って勇者につかまってここにぶち込まれたことくらいかな。そう考えると、僕も罪は犯しているみたいだね」

「確かに、あなた目線で言うとそう言う考えになるかもしれないですね。でも、人間の立場から言わせていただきますと、人の命を奪ったことは大きな罪になると思いますよ」

「まあ、君たちの側から見ればそうかもしれないね。僕も君達側に立ったことがあるから理解は出来るよ。僕だって過去に何度か勇者ってやつをやってみた事はあるんだけどさ、どうも僕には勇者みたいに清廉潔白で品行方正な生き方は性に合わないんだよ。こうして自由気ままに好きな事をやる方があってると思うんだよね。でも、どっかの魔王みたいに目が合うやつは全員殺すってのも行き過ぎてるとは思うんだけどね。そう考えると、僕は魔王と勇者の中間的な存在なのかもよ。そう言うわけで、ここから僕を出してもらっても良いかな?」

「いや、そう言うわけにはいかないですよ。あなたはここで浄化されて勇者としてやり直すことも出来るんですからね。あなたが望めばですけど」

「勇者としてやり直すなんてのはまっぴらごめんだね。僕がそんな生き方を選ぶことは無いし、そんな生き方を強制されでもしたもんならその場で喉をかき切って死んでやるよ」

 私はこの魔王なら説得できるんじゃないかと思ってみたりしたけれど、魔王と人間では考え方も違うみたいだし説得するなんて最初から無理なんだって思い始めていた。

 いや、もしかしたら他の魔王だったら私の話を聞いてくれることがあるかもしれない。そうだったとしたら、私も頑張れるような気がするな。

「何となくだけど、君は今僕の事を相手にするのを諦めてはいないかな。もしそうだったとしたら、僕はとても悲しく思っちゃうよ」

 何だろう。この人は真面目に相手をするのがバカらしいって思うような気がしてきた。このまま適当に流していた方が正解なんじゃないかなって思っちゃうよ。


「つまり、君は僕の話を真剣に聞いていないって事でいいんだね?」

「そうですね。短い時間ではありましたが、私はあなたの話を真面目に聞いても無駄だという事がわかりました。そんなわけで、ここから先は特に聞きたいことも無いんで好きに話してくれていいですよ」

「ちょっと待ってくれたまえ。いくら僕の能力が封じられてるとはいえ僕の見た目は以前のままなんだよ。君は僕のカッコよさを見てもなんとも思わないっていうのかい?」

「確かに、見た目は良いと思いますよ。でも、その見た目に中身が釣り合っていないというか、魔王としては確かに凄いんでしょうけど、私的にはそう言う考えの人とは相いれないというか、興味を持てないんですよね。顔は良くても中身が合わないと私は興味持てないですからね」

 少しくらいはオブラートに包んで言わないとかわいそうかなって思ってたんだけど、もう少し優しく言った方が良かったのかもしれない。魔王の顔がだんだんと曇っているように見えてきたのだ。

「そうだね、君の言う通りで人間と魔王では考え方も多少は異なるかもしれないね。だからと言って、僕みたいにイケてる魔王を見てもなんとも思われないというのは少し悲しいものがあるんだけどね」

「あなたはカッコイイとは思いますよ。世間的にも好まれる顔だと思います。でも、私の好きなタイプとは少し違うんですよね。もう少しなんか、大人しい感じの顔の方が私は安心するんですよ。あなたの場合は整い過ぎているというか、かっこよすぎると思うんですよ」

「ははは、褒められてはいるんだろうけど、何となく悲しい気持ちになってしまうね。もしかして、君は美しいものから目を背けるタイプの人間なのかな。そうだったとしたら、何とも悲しいことではあるね」

「まあ、そんなに気にしたことは無かったですね。私は誰かを好きになるのに見た目は関係無いって思ってますからね。大事なのは中身ですから」

「大事なのは中身か。君の言う通りかもしれないな。でも、僕は魔王として正しい行いをしてきたと思うよ。そればっかりはどうしても譲ることは出来ないね」

「お互いに譲れないものはありますもんね。でも、それでいいと私は思いますよ。お互いに信念を曲げないことが大切だと思いますからね」

 魔王は何かを決意したような顔で真っすぐに私の事を見つめてきた。その瞳には先ほどまでのような私を見下しているような感じは無くなっていた。

「君は見た目とは違って何か芯の強さを感じるんだが、どうしてそんなに強くいられるのかな?」

「どうしてって言われましても。私はあなたを説得するような力も知識も無いですし、あなたに説得されるつもりも無いですからね。そうなると、自分の信念を曲げないことしか出来ないじゃないですか。自分の信念を曲げるって事は、相手に負けてるって事ですからね。ここじゃない場所であなたに会っていたとしたら私はすぐに負けを認めてあなたの考えを受け入れると思いますが、ここでのあなたは見た目が良いだけの存在ですからね。力も無いような相手に負けるわけにはいかないって事ですよ」

「まあ、その見た目が良いってのは僕の一番の売りなんだけどね。それが通用しないとなると、今の僕に何も出来ないというのは正解だね。でも、だからと言って僕は君に負けを認めるわけにはいかないんだよ。それは君と一緒だね」

 この魔王は最初に見た時と比べると徐々にではあるが私好みになってきているように思える。ただ見た目が良いだけだった魔王ではあるが、今ではどこか力強さを感じさせる。

「ここで一つ提案なんだが、お互いに小さかった頃の話でもしてみないか?」

「それが何か意味のある事なんですか?」

「たぶん、何も意味は無いと思うよ。ただ、このままお互いに話し合っていたとしても歩み寄ることは無いだろうし、それだとただ無意味な時間を過ごすことになると思うんだ。それだったら、お互いの事を少しでも知ることの方が楽しいと思うんだがね。何より、僕は君がどんな人間だったのか興味があるんだが。ぜひ教えてもらえないかね」

 この魔王の言う通りで、このまま話し合っても何も進まずに時間が来てしまうだろう。何も得るものが無いまま終了となるとこの時間が何だったのだろうかと寝る前に考えてしまいそうだ。だからと言って、素直に魔王の提案を受け入れても良いものだろうが。そこが少し引っかかってしまう。

 だが、私もこの魔王の幼少期の話が気になってはいるのだ。

「わかりました。このままだと本当に何も進展が無いまま時間が過ぎていくと思いますし、少しくらいは昔話をしても良いかもしれませんね。じゃあ、あなたからどうぞ」

「僕から早速お話しておきたいところなんだが、悲しいことに僕はこの世界に降り立った時からこの姿なんだ。魔王も勇者もこの世界に降り立ってから人間のように成長もしなければ老化もしないんだ。知識や技術を得ることはあっても、極端に身長が伸びたりすることは無いんだよね。魔王の中には幼児であったり老人であったりするものもいるのだろうが、彼らは一生その姿のまま暮らしていくことになるみたいだね。僕の知り合いにもそんな魔王が何人かいたりするんだが、何百年経っても姿形は変わらないそうなので不思議でならないよ」

「それって本当の話ですか。にわかには信じられないんですけど」

「信じるも信じないも君次第だね。でも、これに関しては嘘入ってないからね」

「まあいいですよ。嘘か本当かわからなですけど、本当だって信じてあげますよ。仕方ないんで私の話をしますけど、そんなに面白い事はしてないですからね」

 私は上手く魔王に言いくるめられて騙されているような気はしていたのだが、このまま黙って終わりの時間を迎えるのはダメなような気がしていた。もしかしたら、私の話を聞いてこの魔王が何か思うところがあるかもしれない。そんな淡い期待を胸に秘めながら私の過去の話をしてみた。

 学生の頃の片思いの話やこの仕事を勧めてくれた恩人の話などで聞いていても面白くは無いと思うのだが、この魔王は私の話を真剣に聞いて相槌も打ってくれていたのだ。今まで誰にも聞いてもらったことが無い話もあるのだが、何となくこの魔王には話せるような気がしていた。それくらいこの魔王は話を聞くのが上手いと思ったのだ。


「良かったよ。気味みたいな人に出会えたのは大変有意義な事だと思うよ。魔王と人間と勇者では根本的に考え方が違うみたいなんだけど、それはそれで守るべき大切なモノだって気付くことが出来たからね」

「でも、魔王の中にも人に寄り添う優しい魔王もいますよね」

「それは優しいんじゃなくて弱いだけだと思うよ。弱い人間に寄り添うような魔王なんだから弱いのは当然なんだが、それは人間から見たら優しいってことになるんだろうね。僕には遠い世界の物語のように思えてならないよ」

「違いますよ。本当に強い人はむやみやたらと力を誇示したりなんてしませんから。本当に優しい人は誰にも負けない強さを持ってると思いますもん」

「不思議だな。君が言うとそれも本当のように思えてくるよ。でも、残念ながら今の僕には君のその考えに賛同することは出来ないよ。だからね、君の言ってることを理解出来るように次は魔王じゃなくて人間ってやつになれるようにお願いしてみようかと思うよ。その願いを受け入れてもらえるかはわからないけどね」

「大丈夫だと思いますよ。あなたなら人間になってもカッコいいままだと思いますから」

「そうだと嬉しいな。他の誰よりも君に認められるような人間になれるように頑張ってみるよ」

 尋問の時間はまだ少し残されているのだが、これ以上何かを離すことに意味は無いような気がしていた。そもそも、私はこの魔王に対して尋問なんて出来ていないし、何も重要なことは聞きだせていない。

 ただ、最後に少しだけでも魔王の価値観を変えることが出来たような気がしていた。それはどんな情報よりも大切なモノのように思えていた。

「魔王さん。人間として生まれ変われたらちゃんとまっとうに生きていくんですよ」

「出来るだけ頑張るよ。人間になれるかはわからないけどね」

 私に背を向けている魔王の表情は見えないのだけれど、その声は最初にあった時よりも綺麗に澄んでいるように思えた。

 最初の仕事は上々の出来だと思うのだが、何も聞きだせなかったのは大丈夫なんだろうかと思ってしまった。でも、これが私のやり方だと思ってこれからも頑張っていこう。

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