逃亡者
@arisutokikuni
逃亡者
はい、それではこれで転生者になるための手続きは終了です。能力は『不老不死』『一撃必殺』『瞬間移動』『状態異常無効』『ダメージ無効』などなど、あなたの希望は全て叶いました。
え? それはそうでしょう。これからあなたには事を成してもらわないといけないのです。与える能力の出し惜しみをして、我々天使に何の得があるとお思いですか? 強く正しい転生者を一人でも多く送り出すことが私達の使命です。
ですがお忘れなきよう、契約書にも書いてありますが『魔族との契約やそれに準ずる行為、並びに協力や手助けなどは禁止』されています。違反した場合は『終わる事のない永遠の苦しみ』を味わっていただくことも併記しておりますが、もちろんお読みいただいた上でのご署名ですよね?
よろしい。それでは目の前にある転生の扉が開くまで、少しお時間を頂きます。あなたの能力に相応しい世界が選ばれるまでもう少々お待ちください。
…………あら、私が天使になったいきさつですか? おかしな事に興味を持たれるのですね。とはいえ扉が開くまで私もやることがありませんし、きっとあなたの参考にもなるでしょう。
私も元はあなたと同じただの人間でした。死後天使によって能力を授かったのもまるで同じ、その時の天使も私に偉大な力を山ほど授けてくださいました。あの時の私は世界に蔓延る魔族や貧困、病魔などから人類を救うための使命に燃えていました。
天使は言いました。『成すべきことを成せ。さすれば貴様も神の使いとなれるであろう』と。そう、私達天使の正体は使命を果たした転生者なのです。私は喜びに震えました。人間だったころ、常に誰かの救いを求めて生きてきた私が、救いを与える側に回れるなんて。
転生の扉が開き、私が足取り軽くそれを通り抜けようとしたとき、天使は更に一言、私に言い放ちました。
その時の天使の言葉? それははまだ秘密です。私の物語の要なので、自由に想像してみてください。後で答え合わせといきましょう。
とにかく私は人間を遥かに凌駕した能力を山ほど手に入れて、新しい世界へと降り立ちました。その世界は薄暗く、まるで闇が世界を包み込んでしまったようでした。
私は一番近くの街をサーチし、瞬間移動しました。街は陰鬱で寒く、あちこちにある街灯も恐ろしいほど頼りない光しか発していませんでした。時折聞こえてくる人々の声は悲痛に満ち、誰も彼もが絶望しているようでした。
彼らの様子とは正反対に、私の心は踊りました。これこそが私の望んでいた世界、私が救うべき世界だと思ったからです。
私は街の隅の隅、暗い街の中でも更に闇深い路地に向かいました。そこには薄いボロ布一枚に身を包み、寒さに凍えながらお互いに身を寄せ合って生きている人たちがいました。
私は即座にクリエイトの能力を使い、見事なテーブルセットを造り出しました。錬金術で溢れんばかりの金貨を生み出し、クッキングで温かいスープを作りました。それを見た路地の人たちの目には活力が戻り、彼らは涙を流しながら私の金貨を受け取り、そして全員が座席につくとスープを口にしようとしました。
瞬間、私の脳裏に天使の言葉がよぎりました。そう、私が扉をくぐるときに放たれた、今は秘密のあの言葉です。
私は今この時までその言葉自体に大した意味を感じていませんでした。その言葉は魔族の習性に関したものでしたが、特に目新しい話でもなく、聞けば誰もが当たり前だと感じるような言葉でした。
しかし私は思ったのです。『自分は今とんでもないことをしているんじゃないか?』と。
私はショックウェーブで彼らごと机を吹き飛ばし、地べたに叩きつけられてなおこぼれたスープをすすろうとする彼らを呪縛殺法で動けなくし、クリーニングでスープを一滴すら残さず消し去りました。
身動きのとれぬ彼らは皆茫然としていました。私は何が起きたか理解できていない彼らにピックポケットを使い、与えた金貨以上の金額を奪いました。彼らはそこでようやく、私が彼らの敵になったことを理解しました。老婆も、幼い兄弟も、誰も彼もが涙を流して命乞いをしました。
私は涙を流し、彼らに『ごめんなさい』と謝罪の言葉を何度も叫び、その場から逃げました。
ふふ……、どうしたんですか? そんなに青い顔をして。あなたの想像とは少しばかり展開が違いましたか? 転生の扉はまだ半開き、どうぞもうしばらく私の話をお楽しみください。
それからは大変でした。私はありとあらゆる生き物から逃げねばなりませんでした。人間から、動物から、植物から、そして魔族からも……。とにかく全てから逃げました。私は既に半狂乱で、目からは涙が、鼻からは鼻水が、口からは涎が零れ落ちましたが、そのたびに大地をくりぬいては次元の彼方へと消失させました。何がきっかけでコトが始まってしまうかわかりませんから、とにかく私は世界の果てへ果てへと逃げ続けました。
私は自分の影から逃げ、逃げる私の身体が巻き起こす風から逃げ、逃げて逃げて、ついには陸地から遠く離れた海のど真ん中に浮いていました。海中ではありません、そんなところではいつコトが起きるかわかりませんから、海を見下ろす形で空中に浮いていたのです。
その間も私は休まず周囲にサーチを掛け続けていました。そして渡り鳥やカモメが近づくたびに転移を繰り返しました。身も心も休まる暇は一瞬としてありませんでした。私はもう狂っていました。狂っているのは世界でした。狂っているのは天使でした。
あらいけない、もうすぐ扉が開ききってしまいそうですね。あなたもそろそろ私に何が起きたか知りたいでしょうし、答え合わせを致しましょう。
私が転生の扉を抜ける時、天使は私にこう言いました。
『魔族には宝箱などに擬態しているものもいるぞ』と。
ふふふ、だからいったでしょう? 目新しい話でもない、みんな知ってるようなありふれた情報。
でも私は思ったのです。あの暗く寒い路地裏、見たこともないような黄金や温かいスープを目の前にし、満面の笑みを浮かべた哀れな者たちを目の前にして思ったのです。
『彼らは人間か?』
だってそうでしょう? 宝箱に擬態している魔族がいるなら、人間に擬態している魔族がいてもおかしくない。そしてこの通り転生契約書には『魔族を助ければ終わる事の無い永遠の苦しみ』。
もうお分かりいただけましたか? 私が全てから逃げ続けた理由が。
私が零したスープや涙で渇きをいやす魔族がいたらどうしますか? 私の影で暑さを逃れる蟻に擬態した魔族がいたらどうしますか? 私が起こした風で涼しさを感じる魔族がいたら? 私の肩で羽を休める鳥に擬態した魔族は?
私は常に自分の近くにある全てが魔族の擬態ではないかと怯えていました。私に与えられた素晴らしく卓越した正体判別スキルは、出会ったものが魔族ではないと教えてくれました。でも一体誰がそれを証明してくれるのでしょうか? 視界の隅に現れたステータスウィンドウに書いてある『ただの鳥だ』という文字の真実性を、誰が保証してくれるのでしょうか?
そしてどれだけの時間がたったのでしょう。私は突如ひらめきました。私が助かるための、たった一本しかない細い細い逃げ道を。
心を決めた後は簡単でした。私は目につく物全てを破壊しました。私は目につく者全てを破壊しました。人が滅べば、動物が滅べば、植物が滅べば、海が干上がれば、山が崩れ去れば、もう魔族が擬態できるようなモノはなくなるでしょう?
何もかもを壊して回っている時、私はようやく生きた心地を取り戻しました。久しぶりに逃げる事から解放された気がしました。自分が逃げているのか進んでいるのかはもうわかりませんでしたが、目の前のモノが魔族かどうか考えないで済むのはとても楽でした。
結局何もかもがなくなりました。最後にその世界に残されたのは、死と闇と私だけでした。
そしてその時は訪れました。突然私の目の前が激しい光に包まれ、いつの間にか見知らぬ男が一人立っていました。私は殺さねばと思い立ち上がりましたが、すぐにその男が人間ではない事を理解しました。
男は言いました。『成し遂げた者よ、汝これから天使となり我と共に魔を滅せ』
ああ、転生の扉が開きましたね。さあ、あなたはこれからあの扉を通り、転生者となって新しい世界で『事を成す』のです。でも気を付けてくださいね。魔族には宝箱などに擬態している者もいるようですよ。
どうしたんですか? そんなにブルブルと震えて。あなたに他の道はありません。さあ扉を通りなさい。
「逃げられませんよ」
逃亡者 @arisutokikuni
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます