時間を味方といたしましょう

「いったい、何をそんなに焦っていらっしゃいますの?」


声を張り上げて訴えるグランツに対し、リーラリィネは落ち着いた調子で問いかける。


「焦ってるわけじゃねぇよ……俺はただ、少しでも早く……」


「ローゼンハイムがミハイルを追い出そうとしているからだろう」


歯切れの悪いグランツを尻目に、ヴェインがハッキリと答えてみせた。


「なっ……お前がどうして! やっぱり、何かしやがったんだな……この野郎!」


グランツはヴェインに掴みかかろうとするが、あっさりといなされてしまう。


「私が何かをしたわけではない。ただ、少し考えれば想像がつくことだ」


「なにっ!?」


「先日、私がお前に告げた内容を覚えていないのか? ローゼンハイム家がミハイルに対して一切の支援を行わないようにさせろ、と伝えたはずだ。それをお前が断った……なら、より上のほうに話を通す動きがあると考えるのは自然だ」


「上って……父上ってことか?」


「そうでなければ、どうして六大公爵家の子息を家から追放することなどできないだだろう」


「なら、やっぱりお前が噛んでるってことだろうが!」


今度は拳を握りしめ、ヴェインに殴りかかろうとするグランツ。


ドゴッ!


その一撃は見事にヴェインの左頬を捉えるが、彼は微動だにしなかった。


「お、お前っ! なんで避けねえんだよ!」


「気は済んだか。この調子だと一向に話が前に進まないままだ。その女も、そう長くは待ってくれいないだろう」


ヴェインに促されると、グランツはリーラリィネのほうに視線を向ける。


何も言わずに様子を見ていた彼女だが、その視線にはどこか冷たい雰囲気が宿っているようだった。


「わ、悪い。でも、俺が強くなりたいのは……」


「ミハイル様を見返すため、でしたわね」


「そうだ! それなのに、アイツが追い出されるなんて……! いや、追い出されるのはいいんだ。でもそれは……俺がアイツに勝ってからじゃないと、意味がねぇんだよ」


「だから、今すぐ強くなりたい……というわけですわね」


「そうだ! アンタと同じ力を使う方法、本当にないのか? それか、俺に使えるもっと別の……」


「残念ですけれど、そのような都合の良い方法は知りませんわ。だからこそ、ワタクシはグランツ様に基礎を……体力をつけることを課していたのですもの」


「でも……でも、それでも俺は!」


リーラリィネは悔しさから言葉に詰まるグランツの肩に、そっと手を添えた。


「強くなるには時間が足りない……なら、急いで強くなることよりも、強くなるための時間を稼ぐことを考えればよいのですわ」


「え?」


リーラリィネは視線をヴェインに向け、ハッキリとした口調で問いかける。


「ヴェイン様、ミハイル様の追放は学園内の問題と関わりがありますわね?」


「なぜそう思う?」


「いろいろと理由はありますが、1番はヴェイン様がグランツ様に接触したことですわ。学園と無関係な問題でミハイル様が勘当されるのなら、グランツ様を通じて干渉する必要はありませんもの」


「……もし、今回の追放が私の『上』が動いた結果なら、学園における利権と関わりがあるのは間違いないだろう」


「ならば、学園におけるミハイル様の立場を確立してしまえば話が立ち消えになる可能性はありますわね。仮にそうならなかったとしても、『勇者学園で権勢を振るう兄』であれば、グランツ様が見返すに足る相手と言えるでしょう」


そう言うと、リーラリィネはグランツに向かってわずかに微笑む。


「いかがですか、グランツ様。時間さえあれば、貴方は必ずミハイル様……兄上よりも強くなれるはずですわ。焦る必要など、どこにもありません」


「本当に……そんなことが?」


「少なくとも、今日明日でグランツ様が大地を割るほどの力を得るよりは現実的だと思いますわよ?」


「そ……そこまで高望みはしてねぇよ! いや、そうだよな。ちょっと頭に血が上ってた。アンタも、悪かった」


グランツはヴェインに対して深々と頭を下げる。


「別に気にするな。アレくらいは痛みのうちに入らない」


「……アンタ、やっぱり嫌な奴だな」


「それより、お前はそれでいいのか?」


ヴェインはリーラリィネに問いかける。


「それでいい……というのは、どういう意味ですの?」


リーラリィネは彼の質問の意図を掴めず、聞き返した。


「もしお前がミハイルを守る側に立つなら、お前の友人たちと対立するかもしれない……という意味だ」

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