無理なお願いをされてしまいましたわ

「それでは、本日はここまで」


いつものように講義が終わり、教師が教室を出ていくと、生徒たちも立ち上がり始めた。


友人の元へ行く者もいれば、そのまま自室に帰ろうとする者もいる。


リーラリィネも席から立ち上がるが、そこでしばらく動きを止める。


「ミィ……来ませんでしたわね」


昨晩、ヴェインとのやりとりの後、リーラリィネはミーシャの部屋で彼女の帰りを待ってみた。


ところが、夜明けになっても帰ってくることはなく、そしてとうとう教室にも姿を現さなかったのだ。


しばらく考え込んでいたリーラリィネは、意を決したように教室を出る。


だが、廊下に足を踏み出した瞬間、行く手を阻む影が現れた。


「ワリィ……ちょっと付き合ってくれないか」


「これは……グランツ様。大変申し訳ありませんが、今日はワタクシも急ぎの用事がありまして、お話はまた後日……」


ガシッ!


軽くお辞儀をして立ち去ろうとしたリーラリィネに対し、グランツはその腕を掴んで引き留めた。


「俺も……急いでるんだ。頼む……付き合って、ほしい」


力づくで腕を引きはがそうかと迷ったリーラリィネだったが、彼の切羽詰まった表情に思いとどまる。


「……少しの間なら。どこか人目のつかないところへ参りましょう」




リーラリィネとグランツは、第一演習場の近くにある庭園を訪れる。


そこは先の襲撃事件によって一部が破壊されてしまったものの、修復が後回しにされているため、あまり人が立ち寄らなくなっていた。


「急ぎの用というのは、いったいどのようなものでしょうか?」


切り出したのはリーラリィネだった。


彼女の問いにグランツはしばらく言いよどんでいたが、意を決したように懇願する。


「頼む! 俺を強くしてくれ!」


「……それはすでにお引き受けいたしましたわ」


「違う。俺は……いますぐに強くなりたいんだ! お前のあの力を……魔獣をぶっ飛ばした時のアレを俺に教えてくれ!」


グランツはリーラリィネに対して深々と頭を下げる。


リーラリィネはじっくりと彼の体を見つめる。


(少しずつですが、肉体が引き締まって参りましたわね。どうやら、お会いしていない間も鍛錬自体は欠かさなかったようですわ)


「……いまのまま鍛錬を続けていけば、きちんと力は身につくはずですわ。それではいけませんの?」


「いますぐ、強くなりたい」


頭を下げたまま返事をするグランツ。


その姿に彼の必死さを感じ取ったリーラリィネは、静かにため息を吐く。


「申し訳ありませんが、アレをグランツ様にお教えすることはできませんわ」


「……ッ! どうしても、ダメなのか?」


「ダメ……と言いますか、無理というのが正しいでしょうか。あの戦い方は教えることは不可能ですし、仮にお教えできたとしてもグランツ様には再現できませんわ」


「……どういう意味だ?」


「それは私も興味がある話だな」


急に背後から聞こえてきた声に、グランツは思わず振り返る。


そこに立っていたのは黒いフードを被った男――ヴェインがいた。


「お前……どうしてここに!?」


「安心しろ。今日はお前に用があるわけではない。というよりも、もはやお前には何の用もない」


「はぁッ!? ふざけるなよ! この前、あんなふざけたことを言いやがったクセに!」


「アレはあくまで伝言だ。私自身の望んだことではない」


「そりゃ、どういう……!」


グランツはヴェインに掴みかかろうとするが、彼はスゥっと影のようにその脇を抜ける。


そして、リーラリィネの前に立ったヴェインは改めて彼女に問いかけた。


「先ほどの話……お前の力をあの男が使うことができないというのは、私にお前が『見えない』ことと関わりがあるのか?」


「……おそらくは」


リーラリィネは小さく頷きながら応じてみせる。


「おいおいおい! コイツと知り合いなのか、お前」


「先日……ちょうどグランツ様と最後にお会いしたあと、命を狙われましたわ。そして昨日、用心棒を頼まれてしまいました」


「……はぁ? なんだ、そりゃ」


グランツは訳が分からないといった表情で頭を掻く。


そして、眉をひそめながら少し考えたあと、改めてリーラリィネに尋ねた。


「そいつのことは後回しだ。まずはお前の力が俺には使えないってどういうことなのか……説明してくれよ」


「そうですわね。理由も言わずに断ったとしても、きっとグランツ様は諦めないでしょう。ですから、きちんと説明いたしますわ」


リーラリィネは一度ゆっくりと息を吸うと、再び視線をグランツへ向ける。


「グランツ様にワタクシと同じ力が扱えないというのは、少し語弊がありましたわ。より正確に言えば、この学園の生徒は誰一人として、この力を扱うことはできないでしょう」


「誰一人として……って、どうしてそんなことが言えるんだ?」


「それは学園の生徒が皆、魔術を使えるからですわ」

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