人の壁に阻まれてしまいましたわ
「帰りなさい。ここから先には通さないわ」
リーラリィネは目を疑った。
廊下の横幅を埋め尽くすように生徒たちが経ち、彼女の行く手を遮ってしまったからだ。
「大変申し訳ありませんが、そこを通していただけないかしら。ワタクシ、向こうの教室に行かなければなりませんの」
「アルティアお姉様に会いに行くつもりでしょ? ダメよ、そんなの。絶対に通してあげない」
人の壁の先頭に立ち、啖呵を切った女生徒はリーラリィネの申し出をあっさりと断った。
「ここは通していただけない、と。わかりましたわ。では、別の道を通ることにいたしましょう」
リーラリィネが踵を返す。
それを女生徒は鼻で笑った。
「回り道しても無駄だから。ほかのファン達が先回りして、同じようにするだけよ」
「そこまでしてワタクシがアルティアと会うのを邪魔するというのは、一体どういう了見なのかしら?」
「決まっているでしょ! お前みたいなどこの馬の骨とも知れないヤツが、アルティアお姉様に声をかけるなんて許されるわけない! 私たち『ティアーズ』だって、」
「……てぃあーず?」
聞きなれない言葉に思わず疑問を口にしたリーラリィネ。
それを聞き逃さなかった女生徒は、それまで以上に得意げな表情で語り出す。
「そう、ティアーズ! アルティアお姉様を愛する者たちが、その崇敬の念を認め合うための集い。ちなみにこの名前はお姉様がご両親から呼ばれていた愛称――ティアからいただいたものなの。あら、ご存じない? オカシイわね、オトモダチなのに知らないなんて……あはははっ!」
「それは別に構いませんけれど……結局、どうしてもワタクシをアルティアに会わせないおつもりですの?」
女生徒のハイテンションとは対照的に、リーラリィネ冷めた態度で聞き返す。
相手はそれが気に入らなかったのか、片目をひきつらせたような表情でにらみつけてきた。
「だ~か~ら~、そう言っているでしょうが! お前はお姉様に相応しくないから、二度と近づくな、このドブネズミ!」
「ワタクシがネズミかどうかは、別にどうでもよろしいですわ。けれど、ワタクシがアルティアの友人に相応しいかどうかは……赤の他人に決められるものではありませんわね」
ドンッッ!
リーラリィネが前に踏み出す。
それは何ということはない「ただの一歩」だったが、彼女の気迫がそれをまるで巨人の一歩のように感じさせた。
道を塞いでいた生徒たち、そして先導していた女生徒もあまりの迫力に半歩下がってしまう。
だが、すぐに女生徒はニヤリと笑って言い放った。
「なに? もしかして力づくで通ろうっていうの? ああ、ヤダヤダ! これだから家無しの野蛮人はイヤだわ。でも、分かっているのかしら。ただ廊下に立っていただけの生徒をいきなり殴ったりしたら……即座に退学になるわよ」
「何をおっしゃっているの? 先ほどハッキリとワタクシの邪魔をすると明言されていたではありませんか。なら、ワタクシが抵抗するのも覚悟の上でございましょう?」
「わかってないわね。ここで私やあなたが何を言っていたかなんて問題にならないの。私たちはただ『廊下に立っているだけ』で、そこに『力づくで排除するあなた』がやってきた……それが事実よ。そういうことになるって話をしているのよ」
「なるほど、話が見えてきましたわ。ここで帰れば当然アルティアに会えませんし、押し通っても学園から追い出される……つまり、どう転んでもアルティアには会えないわけですわね」
リーラリィネは行く手を阻む生徒たちを見渡してみる。
まさに隙間なく埋め尽くすように並んだ人の壁。
歩こうが走ろうが、誰かをどかさない限りは通り抜けることはできそうにない。
だが、リーラリィネはちらりと視線を上に向けた。
「それならそれで、ワタクシにも考えがありますわ」
リーラリィネは腰を深く落として構える。
そして、地面を力強く蹴り出し、体を中空へと浮かべる……と、その寸前。
ドゴッ!!
女生徒が思い切り顔面を殴った。
廊下にならんでいた別の生徒の顔面を。
「……な、にを?」
「いま、上を飛び越えようとしたでしょう? 知っているわよ、ドブネズミの分際でそういう能力は一丁前らしいじゃない。でも、無駄。もし天井との間を飛んでいったとしても、コイツが『あなたに殴られた』と学園に報告するし、私たちも証言する」
「……それは、ずいぶんと好かれたものですわね、アルティアも」
「いい加減あきらめなさい。何度でも言ってやるわ。お前は、アルティアお姉様に相応しくないの」
リーラリィネは自分を見下すように睨みつけてくる女生徒をジッと見つめている。
「諦めるつもりは微塵もありませんが……分かりましたわ。ではせめて、ワタクシのお友だちを愛してくださる貴方のお名前くらいは教えてくださいませんか?」
「イヤだよ、バーカ。お前みたいなゴミくずに呼ばれたら、私の可愛い名前が腐ってしまうわ」
「そう……それは残念ですわ。では、ごきげんよう、名無しさん」
そう言い捨てて、リーラリィネは来た道を戻っていく。
その瞳には静かな怒りに満ちた光が宿っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます