気づいたら巻き込まれていましたわ
「やあ、こんにちは」
夕暮れ時、校舎の外に設置されているカフェテラスで静かにお茶を飲んでいたリーラリィネに声をかけてくる人影が現れる。
「あら、これはアルス様。ごきげんよう。お久しぶりでございますわ」
「確かにお久しぶりですね。え~っと、最後にお会いしたのは……いつでしたかね?」
「選抜戦の前ですから、3週間ほどでしょうか?」
「ああ、もうそんなに経っていましたか。最近は少し忙しかったので、時間の感覚が鈍くなっていましたよ」
「それは……ご苦労様ですわ」
他愛ない挨拶を交わしつつ、リーラリィネの向かいに座る。
「入学早々、いろいろと大変な騒動に巻き込まれてしまいましたね。その後は、問題なく学園生活を過ごせていますか?」
「ええ、もちろんですわ。自由気ままに楽しませていただいております」
「自由……ですか。それはつまり、最近は1人で過ごされる時間が多いという意味ですか?」
リーラリィネはわずかに眉をピクリと動かした。
だが、そのまま言葉と一緒にお茶を飲み干してみせる。
その様子を見て、アルスは話を続けた。
「あなたの友人、ミーシャさんとアルティアさんを『ミハイル派』として警戒している輩がいます。おそらく、選抜戦の一件で流した噂が原因でしょう。これが思ったよりも面倒な相手でして……彼女たちを孤立させようと動き回っているようです」
「それは……ミハイル様と敵対している者たちがいるとお認めになるようなものではありませんか?」
「恥ずかしながら、ミハイルには敵が多いんですよ。あれで、なかなか過激な考えの持ち主なもので。それに振り回される私には、いい迷惑ですが」
「その割には、嫌がっておられるようには見えませんわね」
「長い付き合いだからね、ミハイルとは」
カチャリとカップを置く音が響く。
先ほどまでの穏やかな表情とは打って変わって、リーラリィネの鋭い視線がアルスを貫く。
「あの2人がミハイル様の一派であると見なされているとして……ミィやアルティアの身に危険があるという警告でしょうか?」
「まだ断言できる段階ではありませんが、そういう可能性もあるかもしれませんね」
「わざわざ知らせに来たのは、ワタクシが『何かをする』と期待されてのことですわよね」
「期待は……しているかな? そうするという確信があるわけでもありませんが」
アルスはリーラリィネのほうへ視線を向けようとする。
だが、視界に彼女の顔は入ってこなかった。
代わりに、リーラリィネの右手が覆いかぶさってくる。
「あの子たちを巻き込んでおいて、その言い草はいかがなものかと思いますわ、アルス様。ワタクシに後始末をさせようとするなど、筋違いではありませんの?」
「……申し訳ないと思ってはいるよ。ただ、ミハイルが望むものはとても大きくてね。どうしても敵は増えるし、こちらの手が足りないことも多いんだ」
「それはワタクシたちには関係のないことですわ」
リーラリィネはハッキリと拒絶の言葉を放つ。
だが、次の瞬間、アルスは彼女から突き出された腕を力強く掴んだ。
「だから……巻き込もうとしているんだよ」
右手の影になり、ハッキリとは見えないアルスの顔。
だが、手のひらを通じて静かだが冷たい視線をリーラリィネは感じていた。
「いま、この学園で最大の戦力はあなただと確信しています。ですから、あなたを動かすことができれば、状況をひっくり返せるかもしれない」
「そのためにワタクシのお友だちを囮のように利用した、と?」
「ミーシャさん達を巻き込んでしまったのは……こちらの不手際でした。私やミハイルに対してならいざ知らず、ただ『関わりがある』というだけで、ここまで露骨なやり方で仕掛けてくるとは思わず……本当に申し訳ないと思っていますよ。ただ、それを好機と感じるのも事実。これで、あなたを確実にこちら側に引き込めるようになりました」
「これは……ミハイル様の意思かしら?」
「いいえ、私の考えですよ。こういうやり方は、彼の望むところではありませんから」
「友人の望まないことをするのは、信義にもとるのではなくて?」
「望まないことを引き受けてこそ、横に立つ意味があるんですよ」
アルティアが向けた冷ややかな視線に、朗らかな笑顔で返事をするアルス。
「はぁ……。ミハイル様は良い友人を持ったものですわ」
「それはミーシャさんやアルティアさんもですよ。良いお友だちを持っています」
「いま、それを口にするのは相当に嫌味だと思いますけれど」
「あれ? あなたは嫌味がお好きなのかと……勘違いでしたか?」
アルスの言葉を聞いたリーラリィネは、再び盛大な溜息を吐くのだった。
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