【幕間⑥】大人は外。そこは蚊帳か箱庭か
コンコン。
ドアをノックする音が響く。
「入れ」
促されるままに部屋に入ってきた男は、ピシッとした灰色のスーツに身を包む。
「ローゼンハイム本家に探りを入れましたが、どうも事態を把握されていないようでした。やはり今回も、彼の独断専行ではないか、と」
「ふむ。あの男は金欲しさに動くような俗物ではない。いったい、何の目的でこれほどまで大それたことを続けるのか……少し興味はあったのだが」
部屋の主は、あごに蓄えた立派な髭をさすりながら呟いた。
「入学試験やガルガンディアの賭場……あちらは我々の知ったところではないし、奴らがやりすぎただけの自業自得というものだ。しかし、学園の存在意義に……勇者の育成という基幹事業にまで手を出そうというのなら看過はできん」
「そもそも、ローゼンハイムを含めた南方の連中と我々北方の均衡を保つために作られた勇者学園のはず……それに直接手を出すこと自体が裏切りでしかありません」
「まあ、そう言うな。才気と野心にあふれる若者というのは、時として突っ走りがちになるものだ。そんな彼らを正しい道――正道へと導くこともまた、この学園の務めではないかね?」
「それは……そうかもしれませんが」
スーツの男は、相手の堂々とした意見に口ごもる。
「だが、もちろん何事にも限界というものはある。この学園における最終的な意思決定は我々理事会と……この私、バーバレイ・ロ・アナハイムが決める。これは勇者学園における絶対原則なのだ。それをきっちりと教えてやらねばなるまい」
「はっ! 当然でございます」
バーバレイはスーツの男へとゆっくりと近づき、ポンと肩を叩いた。
「ところで、娘たちの様子はどうだ?」
「もちろん、元気に過ごされております。モニカ様は相変わらず、勉学に勤しんでおられるご様子。いずれは、アナハイムを継ぐ者として、日々研鑽を続けておられます。ディーテ様は、お屋敷にて健やかに過ごされておりますが……先日のお見合いについては断りたいと」
「ふむ、まだ早かった。いや、あの伯爵の子が眼鏡にかなわなかっただけかもしれん。よし、どのような相手が望みか、手紙で尋ねてみるとするか」
「トリネー様はお元気ではありますが、学園での成績は芳しくありません。どうも最近は学園の講義よりも気になることがあるらしく、そちらに意識が向いてしまっていると、お世話係から報告がありました」
「またか、あの子は……少しはモニカを見習ってくれぬものか」
「そして、クオリ様ですが……新しいおもちゃを見つけたと喜んでいた、と」
「なんのことだ?」
「詳しくは聞き及んでおりませんが、『父上のお役に立つ遊びだ』とおっしゃっていたとか」
「あの子は聡い。モニカのような堅実さとは違う……ある意味で、私が最も期待している子だからな。自由にさせておくのが一番だろう」
バーバレイは大きな口をニッコリと開きながら嬉しそうに言う。
そして、頭の後ろに手を当てると、ゴキリと首を鳴らした。
「では、愛しい娘たちの将来のためにも、目障りな芽はきちんと摘んでおかねばならない。美しい花というのは、手入れの行き届いた庭でこそ真価を魅せるものだ」
「では、もう1つだけお耳に入れておきたいことが」
「……なんだ?」
部屋を出ようと足を踏み出したバーバレイは、出鼻をくじかれる形になったせいか、先ほどまでとは打って変わって、鋭い視線でスーツの男を睨む。
「そ……それが、どうもバルドハイムの者たちも、何かを仕掛けようとしているらしく……」
「何か、とは?」
「それが……詳しいことはまだ……」
「貴様……そんなつまらない話で私の足を止めたのか?」
バーバレイは男の腕をつかむ。
すると、男の二の腕はバーバレイの手のひらにすっぽりと収まり、次第にミシリミシリという音が鳴り始めた。
「し、しかし……動いているのは、あちらが学園に入れた生徒です。監視を続けさせておりまして……何かあれば報告が、あがががががっ!」
「ならば、詳細が分かってから報告しろ。娘たちの話で高まった気分が台無しになったわ!」
バキバキバキッ!
男の腕から骨の砕ける音がした。
「がああああっ! も、申し訳……ございません!」
「次に同じようなことをしたら、今度は首だ。肝に銘じておけ」
「し……承知いたしました、閣下」
バーバレイは扉を開くと、一切振り返ることなく部屋を出ていってしまう。
そしてしばらくの間、彼の部屋からは低いうめき声が聞こえ続けていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
第1話から毎日投稿を続けておりましたが、このお話でストック切れとなりました。
書き溜め無しでの更新では、毎日投稿は難しいため、今後は投稿頻度が遅くなってしまいます。
想定としては週2~3話の更新になるのではないか、と思っております。
楽しみにしていただいている方には申し訳ありませんが、ご了承いただければ幸いです。
それでは今後とも本作をよろしくお願いいたします。
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