何かが起こる前触れかしら

リーラリィネがいつもより遅れて演習場につくと、そこにはグランツとフードを被った男の姿があった。


2人は何やら話をしている様子が見える。


「…………だろう?」


「ふざけろよ、そんな話が飲めるもんか! 何のためにそんなことっ!」


「私はあくまで使いだ。何を聞かれてもたえられ……ん?」


フードの男はリーラリィネの姿に気づくと、話を中断した。


その様子に、グランツも振り返る。


「とにかく期限は2日だ。どちらが家のためになるか……よく考えることだ」


そう言い残すと、フードの男はリーラリィネが歩いてきた方向――校舎側へと歩いていく。


すれ違う瞬間、ちらりと見えた横顔にリーラリィネは見覚えがあった。


「あの方はたしか……同じ特待クラスの?」


フードの男の正体を思い出しつつ、彼の後ろ姿を眺めるリーラリィネ。


すると、背後からグランツが声をかけてきた。


「悪いんだが、今日の訓練は休みにしてくれないか」


「あら、まだまだ鍛錬は始まったばかりですのに……もうサボりでございますか?」


「そういうわけじゃない! ちゃんと鍛錬はしておく……からさ。今日は1人にしておいてくれないか、頼む」


普段は見せない深刻そうな表情で訴えてくるグランツを見て、リーラリィネも口調を柔らかくする。


「殿方の頼みを無碍にするのは、淑女のすべきことではありませんわね。何事にも休養は必要でございますし……では、鍛錬は明日から再開といたしましょう」


「すまない……助かる」


そう言って頭を下げたグランツは、足早に立ち去っていった。




リーラリィネは自室に戻ってきた。


だが、そこにあったはずのミーシャの荷物は姿を消していた。


実は選抜戦の騒動によって、ミーシャの評価が大きく向上したことにより、1人用の部屋が充てがわれたためだ。


そのため、ミーシャの荷物は運び出され、2人部屋にはリーラリィネだけが残る形となった。


「さて、そろそろ姿を見せてはいかがかしら。ここなら、ほかの方の目はありませんわよ?」


リーラリィネは呟く。


すると、彼女の背後に突然、黒い影が現れた


その手には、鋭く光る刃が1つ。


パキンッ!


喉元に突き付けられたナイフに、リーラリィネは素早く対応した。


刃の根元を拳で叩き、ぽっきり折ってしまったのだ。


「……くっ!」


リーラリィネに覆いかぶさるように現れた影が、今度は猛スピードで魔術式を刻む。


だが、その腕を思い切り掴まれ、そのままベッドに落とされた。


「ようやく姿を見せたと思いましたら、ずいぶんと物騒なご挨拶ですわね。いったい、どちら様……あら? 貴方は、グランツ様と一緒にいた……」


「チッ! やっぱり顔を見られていたか。おい、この手を放せ」


「放したら……どうなさいますの?」


「もちろん、お前を始末する」


「ふふふ、この状況でそのように言えるというのは……ずいぶんと胆が据わっておられますのね、ヴェイン様」


「本当に、今日はどうなっているんだ。失敗続きじゃないか」


リーラリィネが自分の名前を呼んだことで、フードを被った影――ヴェインは抵抗するのを止めた。


相手の体から力が抜けるのを確認したリーラリィネは、ジェイルの腕から手を放す。


ベッドから体を起こしたヴェインは、つま先から頭のてっぺんまでをじっくりと見まわした。


「おかしい。お前、本当にソコにいるのか?」


「それは……おかしなことをお聞きになりますのね。ワタクシは、もちろんここにおりますわ。見ていただければ、分かる通りに」


「それは……そうだ。だが、私にはお前が『いない』ように感じる。そのせいで、顔を見られるような失態をしたんだ。これは、どういうことだ」


「何か、疑問をお持ちのようですが、まずはワタクシからお聞きしたいことがありますわ。グランツ様と何をお話していたのか……は、あの方の個人的なことかもしれませんし、聞くつもりはございません。しかし、グランツ様と話していたところを目にしただけで命を狙われるというのは、さすがに穏やかではありませんわ。いったい、どうしてワタクシを襲ったのでございますか?」


「言えない」


「仮にワタクシの命を奪ったとして、生徒が1人失踪すれば問題になるのは明白ですわ。そのような騒ぎを起こしてまで、目撃者を消し去る価値がございますの?」


「言えない」


「今日、ワタクシはグランツ様と約束をしておりましたが、急に断られてしまいましたわ。その理由は、ヴェイン様とお話していた内容に関係がございますでしょうか?」


「知らない」


リーラリィネの質問に、そっけない態度で答えるヴェイン。


それでも、リーラリィネは特に動じる様子もなく、次の質問を口にする。


「貴方がグランツ様と接触なさったのは、ミハイル様に関係ありますかしら?」


「……違う」


「嘘が、下手でございますわね」


パリンッ!


ヴェインは部屋の窓を破りながら、外に飛び出した。


闇夜の中へと溶けるように姿を消したヴェインを見送りながら、リーラリィネは呟いた。


「お父様の有難〜い金言はその通りでしたわね。変化が起こる時には必ず複数の証が現れる……はてさて、今度は何が起こる前触れなのかしらね」


そこに物音を聞きつけた寮の管理人がやってくる。


リーラリィネは窓を壊したとして、小一時間ほど説教に付き合わされることになった。

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