ご忠告、痛み入りますわ
「リーラリィネ、少しいいかね?」
講義の時間を終え、日課となっているグランツとの訓練に向かう途中のこと。
リーラリィネを呼び止めたのは、特待クラスを担当する教師オーレンだった。
「これはこれは、オーレン先生ごきげんよう。ワタクシに何か御用でございますか?」
「キミは、あの時の私の忠告を覚えているかね?」
「忠告……生徒会についての、でございますか?」
オーレンはわずかに小さくうなずく。
そして、指をクイッと動かして、ついてくるように促した。
「生徒会……いや、ミハイル・ラ・ローゼンハイムは底知れない男だ。そもそも、いまの生徒会長という地位を作り上げたのが彼自身でもある」
「作り上げた? それは、ワタクシの聞いた話と食い違いますわ。たしか、生徒会長になった者はもっとも勇者に近い……と聞き及んでおります。それはつまり、生徒会長から勇者になった者がいると言う意味では?」
オーレンは視線を前方に向けたまま、リーラリィネの質問に応じる。
「そうだ。生徒会長という肩書自体は学園創設から存在するし、生徒会長になったものが勇者になったという事実もある。だが、現在のように『学園内を管理する権限』は持っていなかった。それを彼は彼自身の手腕とローゼンハイムの名を使って、無理やり掴みとったのだ」
「なるほど……ミハイル様ならそのくらいやってのけそうですわね。けれど、それは相当な恨みを買っているのではございませんか」
オーレンは踵を返し、リーラリィネへと向き直る。
その視線は普段、生徒たちに接している時よりもずっと鋭いものになっていた。
「そうだ、彼は恨みを買っている。それも質の悪い連中からな。もともとこの学園は、良くも悪くも『貴族らしい場所』だった。例えば、入学試験だ。彼が現れる以前はもっと多くの項目があり、様々な審査を潜り抜ける必要があったが……その実、あらゆる不正の温床になっていた」
オーレンは胸元から一枚の手紙を取り出すと、リーラリィネに渡した。
そこには「人名と数字の羅列」がビッシリと書かれている。
「学園の生徒という椅子を買った者と、その価格だ。金だけではない。貴族としての地位や権力に明かして、子息令嬢をねじ込む者も山ほどいた。それを……『魔術の才のみ』という単純で、それゆえに不正の余地がない形に変えたのだ」
「自らの権益を奪われた者たちは、ミハイル様が憎くてしかたがありませんわね」
コクリとうなずくオーレン。
それを確認してから、リーラリィネは疑問を口にする。
「ですが、どうしてワタクシにそのようなお話を? たかだか一生徒風情に聞かせたところで、何かが変わるものでもありませんのに」
リーラリィネの言葉に対し、オーレンはどこか寂しそうな視線を返す。
「キミは、勇者になって魔王を倒す……そう言っていたね。だからだよ」
「この学園に通うものは、みなさん勇者を目指しておいででしょう? 口にするかどうかは別として、目標は変わらないのではありませんか」
オーレンは首を横に振る。
「多くのものは、ここを出世の通過点と考えている。家や自分の名誉のため、力を示して地位の向上を狙うため、より位の高い貴族との伝手を得るため……魔王を倒す勇者など、志す者などいないのだよ」
「ワタクシは……本気ですわ」
「そうだ。キミは本気で勇者を目指している。分かっている……同じことを口にした男を知っているからね。だから、忠告しているのだよ。キミはこの学園に、勇者に相応しくない。今すぐにでも、立ち去りなさい」
鋭い眼光をリーラリィネに向けながら、オーレンは低く響くような声で命じた。
だが、彼女はそれに一切動じずに答える。
「それには同意いたしかねますわ。ワタクシには勇者を目指すべき理由がありますし、その称号を得るだけの実力があると自負しております。立ち去る必要など、どこにもございません」
「キミと同じ目標を口にした男が……命を落としている、と言ってもかね?」
余裕の笑みを浮かべていたリーラリィネだが、この一言で表情が一気に固くなる。
「本気で勇者になろうというのなら、キミもそういう結果になるかもしれんぞ? それを知ったうえでも、まだ学園に残りたいかどうか……よく考えてみたまえ」
「……なるほど。最初は何らかの企みから来るお話かと思いましたが、本心からのご忠告でございましたか。オーレン先生、ご心配いただきありがとうございます」
リーラリィネは深々と頭を下げる。
それを見たオーレンは、軽く息を吐いた。
「では、キミの退学手続きは私が進めておこう。もし入り用であれば、金銭的な支援もいくらか……」
「ですが! ワタクシは学園を去るつもりはございません。もちろん、勇者になるという目標も変わりませんわ」
「……キミは私の話を聞いていたのかね?」
わずかに穏やかさを取り戻していたオーレンの表情が、再び険しいものに変わる。
だが、リーラリィネは自らの胸に手を当て、堂々と言い切る。
「勇者になり、そして魔王を倒しますわ。それがワタクシがワタクシに誓った願いですもの。命を賭ける覚悟など、当の昔に答えが出ておりますわ。命と誇りとこの名に懸けて、勇者になってみせますわ!」
リーラリィネが改めて宣言する姿を見て、オーレンは頭を抱えてしまう。
「人の話を聞かないところまで、彼に似ているとは思いませんでしたよ。まったく……困ったものだ」
「ご心配いただいたことは痛み入りますわ。けれど、自分の道は自分で決めるつもりでございますので……あら、ずいぶんと時間が経ってしまいましたわね。待ち合わせがありますので、これにて失礼いたしますわ」
リーラリィネはオーレンに背を向けて歩き出そうとする。
だが、それをオーレンが呼び止めた。
「待ちなさい。最後に1つ……キミはミハイル君を後ろ盾だと考えているのかね?」
「……少なくとも、良い関係を築かせていただいていると思っておりますわ」
「そうか、では最後の忠告だ。彼との関係を頼りにすべきではないぞ」
「それは、いかなる理由でございましょう?」
リーラリィネの問いに、オーレンはこれまでとはまるで違う、まったく熱の込められていない言葉で応じた。
「ミハイル・ラ・ローゼンハイムは……この学園から排除されるからだ」
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