強さの基本は鍛錬ですわ
グランツを鍛える約束をしたリーラリィネは、彼を第三演習場に呼び出した。
2人以外の人影はどこにもない。
なぜなら、まだ日が上がる前の時間だからだ。
ひんやりと冷える空気のなか、バタバタという激しい足音とゼエゼエという苦しそうな息遣いだけが響く。
「お……おい、まだ……終わりじゃ、ないのか?」
息も絶え絶えなグランツが、伴走しているリーラリィネに向かって尋ねる。
「何をおっしゃってますの? まだ1時間も走っていませんわよ?」
「いや……どんだけ、走りゃ……いいんだよ!?」
「そうですわね……とりあえずは2時間ほど」
「2時間……っ!?」
驚いたグランツはわずかに足の動きが鈍る。
それに気づいたリーラリィネは、彼の尻を平手で思い切り叩いた。
「……いってぇえええ!」
「きちんと速さを保ってくださいませ。そうでなければ訓練の意味がありませんわ」
その後、何とか言われたとおりに走り切ったグランツだったが、それで終わりにはならなかった。
「次は素振りと参りましょう。数は……そうですわね、100回と言ったところかしら」
「素振り100か……それなら、なんとか」
「それを5セットで」
「5セッ……!? それ、つまり素振り500回じゃ……」
「ほらほら、早く始めませんと、講義の時間に間に合いませんわよ」
「くっ……くそぅ!」
グランツはリーラリィネが促すままに素振りを開始する。
最初こそサクサクと数をこなしていたが、次第に腕が重くなり動きが鈍くなる。
だが、姿勢が崩れたり速さが足りなくなったりすると、そのたびにリーラリィネはグランツの尻を力強く叩いた。
こうして素振りが終了すると、その日の訓練は終了となる。
朝の訓練は。
学園の抗議が一通り終わると、再び演習場に集まり、同じような基礎的訓練を繰り返した。
その後、今度はリーラリィネの訓練に付き合わされる頃には、グランツは完全にクタクタである。
そんな日々が、かれこれ10日ほど続いたところで、ついにグランツから抗議の声が上がった。
「おい! 俺はこんな……当たり前の鍛え方を期待していたわけじゃねぇぞ! もっとこう、特別な訓練みたいなのはないのかよ!」
「何をおっしゃっていますの? 強さとはまず肉体を鍛えるところから始まりますわ。いかなる技や術を身につけたところで、それらを扱うのはあくまでこの体。見たところ、グランツ様は少し緩い体をなさっておりましたので、基礎固めから始めるのが妥当ですわ」
「だとしても……こんなやり方続けてたら、ほかのことが何もできねぇよ。朝の訓練の時点で体力が限界で、昼の抗議の時間も眠気がヤベェ。夕方の訓練の後に寮に戻れば、すぐさま意識が落ちる……昨日なんて、飯を食う前に寝ちまったよ」
大きなため息を吐きながら、グランツは不満を述べた。
「あら、いけませんわ。食事はしっかりと採ってくださいませ。食べるものを食べなければ、せっかくの訓練も無駄になりかねませんわ」
「いや、そこじゃねぇ! 走ったり素振りしたりじゃなくて、もっとちゃんと強くなれそうな訓練をだな……」
バシンッ!
リーラリィネの平手打ちが、グランツの背中に直撃する。
「はい! 腕が下がってますわよ。姿勢を保つ!」
「だ~か~ら~っ! そうじゃなくて!」
改めて姿勢を正しながら素振りを続けつつ、グランツは弱音を吐く。
「グランツ様、よろしいでしょうか。正直、貴方は決して弱くはございませんわ。けれど、どうもご自身の眼……あの即座に発動できる魔術に頼り過ぎております。確かにあれだけの力を瞬時に扱えるというのは、どのような状況においても有利でしょう」
「当たり前だろ。だからこそ、六大公爵家の『秘法』なんだよ」
「ですが、アレ1つでどんな局面も打開できるわけではありませんわ。現に、ワタクシには手も足も出なかったわけでしょう?」
グランツの表情はわずかに曇りが、代わりに素振りは少し鋭さを増した。
「頼りにできる力を持つことと、力に頼り切ることとは意味が違いますわ。せっかく切り札があるのなら、それをいかに切らないようにするかを考えなくては」
「切り札を……使わないようにする? なんだ、そりゃ」
グランツは率直な疑問をぶつける。
「使えば勝てる力というのは、魅力的なもの。そういうものを得れば、どうしても使いたくなってしまいますわ。けれど、それは相手からすれば、『読める手』になる……つまり、対策さえ打てれば逆転が確定ということですわ」
「そう簡単に破られないから切り札なんだろ?」
「絶対に破られない力や策などございませんわ。例えば相性の問題。グランツ様のあの魔術は即時発動による隙の少なさと、高熱で対象を焼き尽くす威力の高さがウリでしょう」
「ああ、そう……だな?」
「けれど、発動してから効果が生まれるまでに一切の時間差がないでしょう? 発動した直後、効果が現れる前に躱された場合はどうなさいます? 続けざまに放つことができますか?」
「できなくはない、けど……あの規模の魔術を連発すると、一時的な魔力枯渇に陥る可能性は……ある」
グランツの返答にリーラリィネは深くうなづく。
「暗闇で相手の姿が見えない場合は? 逆にまぶしい光で目を開けなくされた場合は? 複数の敵が同時に仕掛けてきた場合は? すべてあの魔術だけで対処可能でございますか?」
「……どれも無理だ」
剣を持つグランツの手に力がこもる。
「つまり、そうした状況を作るだけで相手はグランツ様を無力化できるということですわ。けれど、ここに一般的な戦闘能力が加わるだけで、厄介極まりなくなるでしょう。なにせ、接近戦において圧倒できる力を用意しながら、即時発動可能な魔術にも対処しなければなりませんもの。一気に攻略の難易度が上がりますわ」
「だから……基礎を鍛えろ、と?」
「体力があれば、不利な状況から逃げ出せる可能性が上がりますわ。体の筋肉が敵の攻撃を防ぐこともございます。グランツ様が持つ特別な力は、基礎的な能力の上に乗せてこそ、真価を発揮するものでしょう」
「……わかった。アンタの言うとおりにするよ」
先ほどまでの締まらない表情とは、打って変わった真剣な顔つきでグランツは応える。
「ふふふ、納得していただけて何よりですわ。では、明日からはこれまでの倍の量をこなしていただきますわ」
「ば……倍!? ちょっと待った! いきなりそんな……無茶苦茶だ!」
「納得、していただけましたわよね? して、いただけましたわよね?」
「ううぅっ……コイツ、鬼化……」
宣言通り、グランツの訓練の量は翌日から倍になり、夜の睡眠は一層深いものになったという。
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