訓練にはお相手が必要ですわ

「それは……どういう意味だよ」


グランツは疑念のこもった瞳でリーラリィネを睨みつける。


それを物ともしない彼女は、まっすぐに視線を返しつつ答えた。


「そのままの意味ですわ。おそらく、グランツ様とミハイル様が相まみえれば、グランツ様の勝利は間違いないでしょう」


「お前は……やっぱり嘘じゃないか! 話が噛み合わねぇだろ!」


グランツの表情が怒りに染まる。


リーラリィネはそれでも静かに言葉を繋いだ。


「よろしくて、グランツ様。物事には相性、あるいは状況というものがございます。あの時、あの状況において、ワタクシはミハイル様を手強い相手と感じる理由がありましたわ。ミハイル様の能力が、ワタクシの立場にとって厄介……ですから、ただ正面から力比べをするグランツ様のほうが闘い易かっただけですわ」


「ミハイルの能力……ソレは解析(アナライズ)の話か?」


グランツの質問にリーラリィネはコクリとうなずいてみせる。


するとグランツはうつむきながら、少し考え事を始めた。


そして、意を決したようにリーラリィネへと向き直す。


「それは……お前が魔族だってことと関わりがある話、か?」


聞こえてきた言葉に、リーラリィネは一瞬だけ目を見開く。


だが、すぐに表情を戻すと、ゆっくりと答えた。


「何のお話でございますか? ワタクシが……魔族などと」


「俺、あの時見ちまったんだ。お前が……一番デカい狼をぶっ飛ばすところを」


グランツはポツリと言う。


リーラリィネは反応しなかったが、グランツはそのまま話を続けた。


「お前に負けた次の日さ……絶対に何か処罰があるって覚悟してたんだ。でも、何もなかった。意味わからなかったぜ。そうしたら、お前とミハイルの試合があるって聞いて……会場に行ったんだ。本当のことをきいてやろうと。でも、そしたらあの騒動だろ? 俺は……ビビっちまって、逃げ出した。誰より先に、逃げ出したんだ」


リーラリィネはグランツの独白に、彼自身の苛立ちのようなものを感じていた。


「会場の外で、怯えて震えて……そしたら、ミハイルが生徒や先生を指揮し始めた。しかも、それが終わったら会場の中に戻ってった。俺が逃げ出した場所に、アイツは自分で向かって……悔して、腹が立って、気づいたら追いかけてた。んで、見たんだ。あのバカでかい狼をぶっ飛ばしてるアンタを」


「なるほど……実際にご覧になられたというのであれば、否定のしようもございませんわね」


リーラリィネは軽くため息を吐きながら、うなだれるように言う。


逆にグランツは、意気揚々と語り続けた。


「あれは……最高だった。あんなにも強くて、輝いてて……カッコいいと思えたのはセルディ兄さん以来だ! いや、もう俺の中ではセル兄以上かもしれない。だからこそ、俺はアンタに……鍛えてもらいたいんだ、どうしても!」


「……ワタクシが魔族であることを偽っていると知りながら、それでもなお教えを乞いたい?」


「そうだ!」


リーラリィネはわずかに種順する様子を見せ、それから再びグランツに視線を向ける。


「では、このように告げればよろしいのではなくて? 言うことを聞かなければ、正体をバラす、と」


リーラリィネの言葉に、わずかにムッとした表情を見せるグランツ。


だが、すぐに目を瞑ると、自らの頬を叩いてみせた。


いきなりの行動に驚くリーラリィネだったが、グランツが口を開く。


「アンタからすれば、俺が卑怯者にしか見えないよな。そういうことをしたし、謝ることしかできない。けど、俺にだって教えを乞う相手を脅すことが、どれだけ馬鹿らしいことかくらいはわかるよ。アンタに……本気で鍛えてほしいんだ!」


「ミハイル様に負けたくないだけなら、今でも十分ですわ。それでは足りなくて?」


「アイツに勝ちたいってのは本当だ。でも、それが一番の目標じゃない。俺は……俺にはもっと力が必要なんだ! アンタみたいに、全部をぶっ飛ばしちまうくらいの」


「全部をぶっ飛ばす……というのは、さすがに言い過ぎですわ。ワタクシだって、ぶっ飛ばせないものはございます」


「例えば?」


グランツの問いに、リーラリィネはわずかに考え込む。


「そうですわね、例えば……コレはいかがでしょう?」


リーラリィネは自分の足元を指さした。


「……土? いや、砂か?」


「いいえ、この大地……大陸そのものですわ」


リーラリィネの回答に、グランツは思わずギョッとする。


しかし、すぐさま大笑いを始めた。


「あーはっはっは! マジか、これが……ぶっ飛ばせるかどうかの範疇にはいるのかよ! いや、やっぱりアンタだ、アンタしかいない。俺はなんとしてでも、アンタに鍛えてもらうぞ」


それだけ言うと、グランツは立ち上がる。


「そのためにも、どうにか一撃を入れないと……な?」


コツン。


グランツは手に持った剣を鞘に納めようとゆっくりと持ち上げたが、その瞬間にリーラリィネが間合いを詰めたせいで、彼女に当たってしまう。


「あっ、悪い! まさか、急に近づいてくるとは……」


「あらあら、まさかこのような形で一撃をもらってしまうとは思いませんでしたわ」


「は?」


「偶然の出来事ですけれど、一撃は一撃でございます。お約束通り、鍛えて差し上げますわ、グランツ様」


「いや待て……そんなのおかしいだろ! 俺は、ちゃんとアンタから一撃を取って……」


「イヤでございますわ、グランツ様。それではワタクシが嘘つきになってしまいます。まさか、乙女に約束を違えろとおっしゃるつもりかしら。それはあまりにも無体というものでは?」


リーラリィネの言葉に、グランツは眉をピクリと動かした。


「アンタ……なんかミハイルに似てるな。その言い回しとか……すげえ、嫌な感じだ」


「確かに。ワタクシはミハイル様に親近感を抱いているのは間違いありませんわ。まあ、あの方はワタクシよりよほど賢しいと思いますけども。さあ、どういたします? ご自身のプライドにこだわるか、それともワタクシの口車に乗るか」


「……このままじゃ、一撃を入れるまでどれだけかかるか分からねぇとは思ってたからな。いいぜ、今の一撃で条件は揃ったんだ。俺を……強くしてくれ」


「ワタクシにできる範囲で、ご要望にお応えしますわ。代わりに、ワタクシの訓練にも付き合っていただけると嬉しいですけれど……いかがでしょう?」


リーラリィネの申し出を聞き、グランツは頭を掻く。


「なんだ……そっちが目的かよ」


「いいえ、こちらはオマケ。もちろん、グランツ様を鍛えて差し上げることに尽力させていただきますわ」


「……よろしく頼む」


グランツは深々とお辞儀をする。


こうして、彼はリーラリィネに教えを乞う立場になった。


が、翌日にはそれを激しく後悔することになる。

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