【第2章】

もっと強くなれるかもしれませんわ

「なるほど、つまりアナタのその姿は『魔法』という力で維持しているわけね?」


選抜戦の大騒動からしばらく経ち、生徒たちの生活が元に戻り始めた頃のこと。


アルティアはリーラリィネとミーシャの部屋を訪れていた。


「ええ、その通りですわ。魔族には人族の魔術とは異なる『魔力を扱う技術』があり、それを『魔法』と呼んでおります」


「魔術とは違う魔力を使う技術……それ、すっごく興味あるんだけど!」


「ミーシャ、その話はあとにしてもらえる? ワタシが聞きたいのは、その魔法を使っている間、アナタが本気を出せないって部分なんだから」


「本気を出せない……というのは、少し語弊がありますわね。この変身魔法を保つために力を使っている分、別のことに使える魔力が減ってしまうだけですわ」


「どっちも似たようなものよ。つまり、シルバーウルフと戦った時以外、アナタは常に力を制限された状態だったってことでしょ?」


「アルティア……それは確かに間違いありませんが、決してアナタを侮っていたというわけでは……」


アルティアの不機嫌そうな態度を察したリーラリィネは、先回りするような答えを口にする。


だが、アルティアはそれを人差し指を立てて静止する。


「別に起こっているわけじゃないわよ。いえ、正確には不満がないこともないわ。でも、ワタシが気にしているのは『このままで大丈夫なのか』ってところよ」


「このままで大丈夫かって……何を心配しているの? この姿でだって、リリィちゃんはすっごく強いんだから問題ないじゃない」


「それはあくまで、『今は』って話でしょう。学園の特待生はアナタたちだけじゃないわ。勇者を目指すと考えるなら上級生たちとも争うことになるし、本当に勇者になれば魔獣たちとも戦わないといけない。その間もずっと、『人間の姿』を維持することを考えるなら、今のままで大丈夫だなんてとても言えないわよ」


「う~ん……それは、そうかも。シルバーウルフくらい強い魔獣とか、あれを倒せるくらい強い人が相手になったら、正体を晒さない限り勝てない可能性もある……のかぁ」


アルティアの話を聞き、ミーシャが頭を抱えてしまう。


だが、チラッとリーラリィネのほうに視線を向けた彼女は、その髪を手に取ってまじまじと見つめた。


「それにしても、本当に全然わからないよね。手で触れてみても、この金髪が偽物だなんてわからないし、肌の色だって元の色が透けたりもしない」


「ふふふ、これはワタクシの師匠から教わった技術の応用ですわ。魔力の量も重要ですけれど、それ以上に『どれだけ細かく魔力を操作できるのか』が重要だと。髪の毛一本に至るまで、うすーく魔力で包み込むことで一般的な変身魔法をはるかに凌ぐ完成度を誇っていますわ」


普段よりもいっそう胸を張って言うリーラリィネ。


だが、アルティアはそれを怪訝そうな表情で見ている。


「魔力を……髪の1本ごとに纏わせている? それを、ずっと続けているのか?」


「もちろんですわ。ずっと続けていなければ、正体がバレてしまいますもの」


「そういえば、一度リリィちゃんの寝顔を見たくて覗きこんだことあったけど、やっぱりこの姿のままだったね」


「ミーシャ……他人の寝顔を覗き込むのはマナー違反だと思うわよ」


「あっ……」


アルティアの指摘に、うっかりしていたとばかりに口を押えるミーシャ。


「こほんっ! それはともかく、寝ている時まで変身を維持するなんて……疲れないわけ?」


「まあ、こればかりは慣れですわね。魔力の操作を続けながら眠れるように……という、それはそれは厳しい修行をさせられました。もしあの頃に戻れるなら、師匠を全力でぶん殴りたって差し上げたいと思っていますわ」


表情こそ笑顔のままだが、明らかに背負う雰囲気が変わったリーラリィネ。


その空気に、アルティアはわずかに引いてしまう。


「ということは、そのきめ細かい変身魔法……が、リリィちゃんの力を制限してるってことだよね? そこをどうにか軽くできないかな?」


「変身魔法の負担を減らす……ってこと?」


「そうそう。そりゃ、全部を外すってのはできないけど……例えば、変身させる場所を限定する、とか」


「なるほど、変身を首から上だけにして、残りは全部布で覆ってしまう……とかはどうだ?」


「……でも、もう少ししたら夏季用の制服に切り替わるんじゃなかったっけ? 半袖とか、結構肌の露出が多そうだったような?」


「そうだったわ。暑い時期に全身を覆うような服を着ていたら、別の意味で目立つだけね」


「それに、普段はいままで通りでいいんじゃない? 大事なのは『戦う力が欲しい時』なわけだから。そこでうまく工夫して……そうだよ! 戦う時だけ変身の精度を落とす……とかできないかな?」


「精度を……落とす?」


リーラリィネが聞き返すと、ミーシャはコクコクとうなずく。


「髪の毛一本ずつ……なんてしないで、こう……大きな塊くらいに考えるの。リリィちゃんは動きながら戦うほうだから、ちょっとくらい不自然になっても多分誰も気づかないんじゃない?」


「確かにそうね。戦闘中に相手の髪の色や目の色なんて、さほど気にしないわ。なら、そこはある程度緩めても問題ないはず」


「でも、実際にどの程度緩めて大丈夫なのか……こればっかりはやってみないとわからないかも?」


「だったら、ワタシと手合わせしながら調整すればいいわ。人に見られるわけにはいかないから、うまくどこかの演習場を使えるタイミングを探してみましょう」


「私も、周りから見たときに不自然になってないかチェックする! うまくいけば、リリィちゃんがもっと強く……可愛くなれるわけだしね!」


「ふふ……ふふふっ」


急にリーラリィネが笑い出した。


「な……何かおかしなこと、いったかしら?」


「リリィちゃん……間違ってた、の?」


「いいえ、違いますわ。ただ……嬉しくなってしまって。2人がワタクシのためにあれやこれやと考えてくださるから……やはり、持つべきものは友人ですわ」


「またアナタは……そういうことを恥ずかしげもなく言う!」


「えへへ、そりゃ私はリリィちゃんのためなら、いくらでも知恵を貸しちゃうもん!」


「ありがとう、ミィ。アルティアもワタクシの練習に付き合ってもらうことになるけれど、よろしくお願いしますわ」


「言っておくけど、手合わせだからって手加減はしないからね」


「ええ、望むところですわ」


リーラリィネとアルティアは視線をぶつけ合いながら言う。


それが気に入らなかったのか、スッと間に入り込むミーシャ。


「ほら! そろそろ食事の時間だよ。早く食堂まで行こう! おいしい奴、ほかの人にもっていかれちゃうよ!」


そう言いつつ、ミーシャはリーラリィネの手を取って引っ張っていく。


手を引かれるリーラリィネはどこか嬉しそうだったが、不意に暗い表情を浮かべた。


(あの時……シルバーウルフとの闘いでワタクシは確かに全力だったはず。ですが、どこか違和感がありましたわ。以前とは違う、うまくかみ合っていないような感覚が。あれはいったい……)

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