【幕間⑤】一方そのころ、魔王城では

魔王が住む城の頂上付近にある大きな広間。


そこには玉座が置かれており、魔王が1人でぽつりと座り込んでいた。


「今日もいろいろと陳情が多かったなぁ……さて、そろそろ部屋に戻って仮眠でも」


「魔王さま」


「うわぁっ!! ちょ、ちょっと……いきなり出てこないでくれないか。びっくりするじゃないか」


玉座から立ち上がろうとした魔王に、その裏から現れた影が声をかけた。


だが、予想外の場所から呼びかけられたせいで、魔王はわずかに飛び跳ねてしまったのだ。


「いえ、いつもと変わりませんよ。それとも、何か都合が悪かったでしょうか?」


「いやさあ、ちょっと休もうかと思って気が緩んだタイミングだったんだよ。そこで急に声かけられたから驚いちゃったわけ。わかるよね?」


「いえ、私に気が緩む時間などありませんので、まったくわかりませんね」


手で顔を覆いながら、ため息を吐く魔王。


「では、さっそく報告させていただきます」


「え? いまの私の話を無視するの? この困った感じを無視しちゃうの?」


「先日、『眼』から連絡がありました」


「あ、マジで無視するんだ。すごいね」


「どうやら『指』が1本潰されたとのことです」


部下からの報告の内容を聞き、それまでの緩んだ雰囲気が一変する。


「潰されたのはどの『指』だ」


「はい、六大公爵家の一角シュトゥルハイムの長女です」


「またずいぶんと太い『指』が落ちたものだ。これまでの報告からすると、相当に冴えた人族だったと思ったが……どういう経緯で落ちた?」


「それが……なんと申し上げたらよいのか」


急に口ごもり始める部下の様子に、魔王はわずかに苛立ちを見せる。


「どんな内容でも構わん。まずは事実を確認しなければ、対応も決められんからな」


「では、報告いたしますが……リーラリィネ様のせいです」


「はああああァァぁぁ!? え? ええ!? あの子が、やらかしたってこと?」


「はい、やってくれやがりました。我々が10年近く費やして育てた『指』をわずか数日で吹き飛ばしてくれたわけです。いったいどんな教育を受けたらこうなるのか……親の顔が見てみたいです」


「えぇ……それ、親の前で言う?」


「ああ、そうでした。私には見慣れたものだったので、アホ面だったのを忘れていました」


反論できずに固まってしまう魔王。


だが、しばらくすると気を取り直して、部下に尋ねる。


「だが、あの子はそれが『指』だと知らなかったのではないか? 知らずにやったことなら仕方がないのでは……」


「そもそも魔族が人族の領域に勝手に入り、あまつさえその象徴たる『勇者』になろうとしている時点で問題以外の何ものでもありませんが」


「はい、そうです。その通りです。申し訳ありませんでした」


部下に対して土下座して謝る魔王。


そこで部下は報告を続けた。


「ただし、お嬢様はあくまで『とどめを刺した』といったところだそうです。『指』自身の失態が重なったことで、結果的にお嬢様と相まみえることとなり敗北した、と」


「ああそうか、そうなのか。まあ、ならあの子の責任はそこまでないね、うん」


「で・す・が!」


話が収まったことに安堵して、玉座に腰掛けようとした魔王に部下からさらなる圧がかけられる。


「お嬢様の力はあまりにも強力すぎます。今回の件で、お嬢様の意思にかかわらず、こちらの活動に支障が出る可能性があると示されました。やはり、無理やりにでも連れ戻されるべきではありませんか?」


「う~ん……まあ、そうなんだけどねぇ。でも、あの子を力づくで連れ戻せるヤツに心当たりある?」


「……魔王さま」


「いやいやいや、私が乗り込んでいったらそれこそ大混乱でしょ!」


「ですが、人族には魔王さまの姿を知るものはいません。というか、魔族そのものを見たことがないですから、お嬢様のように姿を偽れば」


「あれ、俺できないよ?」


「え?」


「あれでしょ? 変身の魔法。いやね、遠目から誤魔化す程度ならもちろんできる。でもね、あの子が……リーラリィネが使うような触られても気づかれないレベルではできない。あれは魔力量と魔力操作に長けたあの子だからできるヤツ。私はそっち方面が向いてないから無理」


「なら、変装して……」


「そもそも私がここを離れたら大問題でしょ。毎日のようにどこかの首長やら組合長やらが陳情に来るし……ほかの人に任せられない決済もある。だから、私が迎えに行くっていうのは却下」


「なら、バルドガウゼイン将軍はいかがでしょうか。わが軍屈指のツワモノなら」


「うん、彼はいま、南方に現れたドラゴン退治で遠征中だ。行かせらんない」


「えーっとじゃあ、ヴァンタリオス大佐なら……」


「そもそもリーラリィネに勝てないよ、彼」


「…………」


言葉に詰まる部下の様子に、魔王は優しく肩を叩いた。


そして、満面の笑みを浮かべて言う。


「こういうのは放っておくのが一番だ」


「お前父親だろ、なんとかしろよ」


「だって~! あの子は私の話をぜんっぜん聞かないんだもん。何度行っても『意味がわからない』『理解できない』で返してくるんだよ? あの時だって、ちゃんと説明したのに……まさか、勝手に飛び出して人族の世界に行くなんて思わないじゃん!」


「いや~、あの時の説明はずいぶん投げやりでしたよ? 一番の核心部分はお茶濁してましたし」


「……あれ? そうだったっけ?」


「そうでしたよ」


「…………」


魔王は改めて玉座に座り直すと、何もない宙を見つめながらゆっくりと言った。


「本当に大切なことは、自分で気づかなければいけないのだ」


「自分の失態を棚に上げるとは……ダメな父親の典型ですね」


「うう……容赦ない。こほん! ともあれ、あの子があちらで何かを得て帰ってくるかもしれん。きっとそうなる。そう期待して待つことにしよう!」


「わかりました。では、今回の『指』が落ちた件における損失の概算があるので、目を通しておいてください」


「……わーお、こりゃ予算の組み直しで徹夜かな?」

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