【幕間④】暗い地下より、なお昏い場所

選抜戦における騒乱の首謀者ファトゥナ・リ・シュトゥルハイムは、学園の地下に設置されている拘留施設に入れられていた。


そこに、1人の男が訪れる。


「あら、こんな場所に誰が来るのかと思ったら……まさか、生徒会長さま直々に足を『お運びになる』とは思いもしなかったわ」


ファトゥナは鉄格子の奥に置かれた小さな椅子に力なく座りながら言う。


「この状況でも嫌味を口にする余裕があるのか。さすがはシュトゥルハイムの娘……といったところかな?」


「……そんなことより、いったい何の用かしら。まさか、私の機嫌を伺いに来たわけではないでしょう」


苛立ちを隠すことなく問うファトゥナ。


ふむ、と息を吐いてから、ミハイルは淡々と告げる。


「ここにシュトゥルハイム現当主からの書状がある」


手に持っていた紙を広げると、その内容がハッキリとした声で読み上げられる。


「この度、勇者学園において起きた騒動について、我が領内における不始末として大変遺憾に思う。必要な援助および保障などは全面的に当家が負うことをここに誓う。また、騒動の首謀者については、つい先日、廃嫡とする旨が決まっていた。よって、その処罰について当家は一切介入しない」


ミハイルが読み上げる声を静かに聞いていファトゥナだったが、それが終わると大声で笑い出した。


「あーはっはっは! 『廃嫡していた』と来ましたわね。さすがですわ、お父様。役に立つならどんな荒くれも気にしないくせに、不利益となれば構わず切り捨てる……私がどれだけ……どれだけ稼がせてやったと思っているのよ、クソジジイがぁぁっ!!」


「それは……ガルガンディの地下賭博場の話かな?」


「ふんっ! それだけで済むものですか。ガルガンディを含めた、シュトゥルハイム領内全土にわたって、私が『金の成る木』を作り上げてきたのよ。それもすべては、我が家の繁栄のため、栄光のために!」


「そして、その栄えた家を自分のものにするため……かな?」


「ええ、当然でしょう。妹……カタリナのようなお人形さんに、シュトゥルハイム領が収められるわけがないわ! まあ、貴方にはわからないでしょうけど。南方の安全で、豊かな領地で生まれ育った貴方には、ね?」


ファトゥナの皮肉めいた言葉に、ミハイルは何も言わずにたたずんでいる。


それをバカにされたと感じたファトゥナは、さらに続けた。


「しかも、わが校の生徒会長さまは弟に家督を奪われてしまったとか? 勇者として立派に闘われたお兄様に申し訳ないと思わないのかしら。それとも、弟から家督を取り返す算段でもなさっているの? なら、ちょうどいいから教えて差し上げるわ! 貴方の弟、グランツ様はとても御しやすい方よ。ちょっと乗せてやれば、勝手に手のひらの上で踊ってくれたもの! 貴方も同じようにすればいいのよ。そう、私と同じように、ね?」


ファトゥナはこれでもかと捲し立てながら、ミハイルを挑発してみせる。


だが、彼は眉一つ動かすことなく話し出した。


「憐れなことだな、ファトゥナ嬢。もはや自らの野望が潰えたというのに、他者を見下すことで平静を保とうなどと……」


「……チッ!」


ミハイルの冷静な返答に、思わず舌打ちをするファトゥナ。


しばらく静寂が続いたあと、ミハイルが再び落ち着いた口調で話し始める。


「さて、ファトゥナ嬢。キミにはこれから2つの選択肢がある。1つはこのままシュトゥルハイム領で生きる道。だが、これは過酷だ。廃嫡になったとはいえ、元は継承権第一位だった娘が領内に残るとなれば、まともな扱いは受けないだろう。むしろ、人知れず命を奪われる可能性が高い」


「可能性が高い? 冗談を言わないでちょうだい。確実に、殺されるわよ」


ファトゥナは吐き捨てる。


だが、ミハイルは聞こえていないかのように言葉を続けた。


「そして2つ目は、我がローゼンハイム領で暮らすこと。もちろん、公爵令嬢として厚遇するわけにはいかないが、少なくとも暗殺に怯える必要はないように保護しよう。おそらく、こちらがもっとも無難な落としどころだ。それを見越して、キミの御父上も『処分に介入しない』と言ってきたのだろう」


「まあ、それは何とも有難いお話だわ。矮小な私は貴方とお父様の寛大なるお心遣いに感謝しくてはならないわね」


感謝という言葉を使いながらも、ファトゥナの表情は怒りと悔しさに満ちていた。


それを見つめながら、ミハイルは再び言葉をつなげる。


「ファトゥナ嬢……キミは俺が最も忌み嫌うタイプの人種だ。貴族という立場に固執し、それを守るためならば何をしても許されると思っている。矜持と言えば聞こえはいいが、それは単なる見栄と虚栄でしかない。だが、それでも俺はキミに3つ目の選択肢を与えたい」


「3つ目の……選択肢?」


いぶかしげにミハイルに目を向けるファトゥナ。


彼女が目にしたのは、これまで見たことがない暗い表情を浮かべるミハイルだった。


思わず、彼女は息をゴクリと飲んだ。


「悪辣であったとしても、キミの能力は突出している。それを、俺のために役立ててもらいたい。そして、同時にキミの持つ『秘法』も」


「な……何をいっているの? たとえ六大公爵家とはいえ、他家の『秘法』については探ることさえ禁忌だわ。それを、手に入れようとするなんて……どれだけの罪になるかわかっているの?」


ミハイルは静かに微笑む。


「ああ、もちろん。けれど、これからする話はきっとキミをもっと驚かせるだろう」


ミハイルは自らの真意をファトゥナに告げる。


その内容はあまりにも「非常識」であったため、彼女を大きく動揺させた。


「な……なんてことを考えているの? そんなこと、できるわけないでしょ!」


「できるかできないかは関係ない。俺がやると決めただけだ。そうでなければ、何も変わらないのだから。キミだっただろう? 何かを変えたいのなら、盤面すべてをひっくり返す必要があるのさ」


「……っ! そういう、ことだったのね」


ファトゥナは何かを察したようにうなだれる。


「何もかも……貴方の手のひらの上だったということかしら。いま、私がここにいることも含めて」


「そんなわけはない。俺は神じゃないからな。だが、こうなる方に賭けて……その賭けに勝っただけだ。そして、これからも賭け続ける」


「ふっ。なら次は貴方の負けよ。今の話を全部暴露してやるわ! そうすれば、貴方は私の比ではないほどの罪を背負うことになる」


ファトゥナは恫喝するように言うが、ミハイルはまったく動じない。


「それならそれで仕方ない。今のキミの言葉に耳を傾けるものはいないだろう。よしんば、話を聞く者が現れたとして、それは俺に天運がなかったというだけだ。それもまた、覚悟の上だ」


「……思い通りにならない男ね、貴方。イヤになるわ」


「ではどうする? 俺の手を跳ね除けるか?」


ミハイルは鉄格子の隙間から手を入れ、ファトゥナに差し出した。


「……このまま朽ちるだけの命なら、せめて最後は大騒ぎをしたいわ。それこそ、天地が逆さまになるくらいのバカ騒ぎがいい」


「それはまさに俺の望むところだ! ぜひとも、良い席を用意させよう」


ファトゥナがミハイルの手を取ると、彼はそのまま扉を開く。


そして、彼女はそのまま姿をくらましたが、誰もその行方を尋ねたりはしなかった。

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