お見舞いに参りましたわ

「ずいぶんと顔色が良くなりましたわね、アルティア」


学園内の設置された医療施設。


リーラリィネはそこで療養中のアルティアを訪ねていた。


「そんなに毎日来る必要はないわよ。まあ、退屈しているからいいんだけれど」


「傷の具合はいかがかしら? まだ、動けそうにありませんの?」


「先生の話では、治癒魔術はきちんと効果を発揮している……というか、驚くほど効いているなんて言われたわ。そもそも、生きているのが不思議なくらいだったのに、みるみる快方へ向かうのが怖いくらいだって」


「それは……アルティアが普段から鍛えているからですわね。まさに努力の賜物ですわ」


リーラリィネは明るく言い放つ。


だが、アルティアの表情はゆっくりと険しいものに変わった。


「……嘘、よね? アナタが何かをしたんじゃない? あの時、あそこにいたのはワタシとファトゥナと、アナタだけだったもの」


「見ていましたの?」


アルティアは首を横に振る。


「アナタがガレキから出てきて、歩いている姿を見たのが最後の記憶。そして、ワタシは自分が命を落とすと確信していたの。それが……大ケガとは言え、こうして生きているんだもの。そんなことができそうな人、アナタ以外に思いつかないのよ」


フッと静かに微笑むアルティアの姿に、リーラリィネはわずかに奥歯を噛む。


「あーあ……今回のことで、自分がいかに無力なのかを実感させられたわ。実は、ワタシが勇者学園に入ったのは、アレを……シルバーウルフを倒すだけの力が欲しかったからなの。ワタシの父から剣を握る腕を奪ったヤツを倒せたとき、それがワタシの誇りになると思っていたのよ。ずっと頑張ってきたはずなのに、ざまあないわ」


「そのようなことは……まだ学園に入ったばかりですもの。これからもっと学び、鍛えていけばよろしいだけですわ」


「そうね。でも、アナタは倒したでしょ?」


アルティアがリーラリィネに視線を向ける。


その顔からはどんな感情も読み取ることができなかった。


「ワタシは……自分が努力してきたと思ってた。必死にやってきた、と。でも、敵わなかった。アイツにも、アナタにも。ならきっと、ワタシはどこかで甘えていたんじゃないかって思うわ。もっとできることがあったはずなのに、やらないままにしてきた……なら、ワタシの気持ちはその程度だったってこと……」


「違いますわ!」


リーラリィネはハッキリと否定する。


「アルティア、貴方のひたむきさはほんの短い間でしたけれど、ワタクシにはわかりました。特に、剣技に関して、積み上げてきた鍛錬が生半可なものではないと。ですから、そのような寂しい物言いは……」


「じゃあどうしてワタシは勝てないのよ! アナタは勝った、ワタシは負けた。いったい、ワタシとアナタの何にこんな違いがあるっていうの!?」


アルティアは大声で問いかける。


その表情は怒りと、そして悔しさに満ち溢れていた。


リーラリィネはしばらく彼女と視線を交わすが、しばらくすると目を閉じた。


「ワタクシとアルティアの違いは、努力でも鍛錬でもありません。もっと、根本的なところが異なっているのですわ」


「それは、どういう……?」


アルティアが疑問を最後まで口にする前に、リーラリィネは本当の姿を露わにした。


灰の肌に銀の髪、そして深紅の瞳は人を目にして、アルティアは言葉を詰まらせた。


「これがワタクシの本当の姿。ワタクシは……魔族ですわ」


「アナタ……人じゃなかったの?」


「そうですわ。だから、ワタクシは人よりも遥かに……」


「あーはっはっはっ、まさか本当に人じゃないなんて……げほっげほっ!」


今度はリーラリィネが話している途中で、アルティアが笑い出した。


だが、完治していない体に負担がかかり、せき込んでしまう。


気遣うそぶりを見せるリーラリィネだったが、アルティアはそれを手で制した。


「大丈夫よ、ちょっとあばらが痛かっただけ。はぁ……化け物じみていると思ってはいたけれど、なるほど……合点がいったわ」


「怒っては……いないの?」


「ん? ああ、さっきの話ね。あれは……半分冗談よ。カマかけてみたの。だって、普通に聞いたって答えてくれなかったでしょ? アナタはワタシを友人だと思っているみたいだから、罪悪感をくすぐったら吐いてくれるかな、と。目論見通りになったわね」


「それは……あまりにご無体な話じゃありませんこと?」


「あら、ずっと正体を隠していた人が言うことじゃないと思うわよ。後ろめたいと思ったから、本当のことを話したんじゃないの?」


「うぅ……それはまあ、そういう面もなくはないと言いますか……」


口をとがらせながら、ぶつぶつとつぶやくリーラリィネ。


「ほら、そろそろ元の……いや、こっちが元の姿なのか。まあいいわ、金髪に戻りなさい。ここはワタシだけの部屋だけど、誰か入ってこないとも限らないわよ」


アルティアの言葉にハッとするリーラリィネ。


すぐさま、人としての姿に戻る。


「何回見ても不思議ね、それ。魔術……じゃないのよね。姿を変える魔術なんて聞いたこともないし」


「これは……魔法と呼ばれるものですわ。ワタクシたち魔族は人が扱う魔術とは異なる体系の力を学びますの。そのなかに、自分の姿を別のモノに見せかける方法があって……これはその応用ですわ」


「ということは、もしかしてすでにたくさんの魔族が紛れ込んでいる、とか?」


「それはありませんわ。この魔法は普通の魔族には扱えませんもの。いえ、もう少し正確に言うなら、普通はここまで精工な変化はできない……ですわね」


「どういうこと?」


「本来、この魔法は『遠くの敵を欺く』ためのもの。遠目から見て、味方と誤認させられれば良いのです。ですから、近づけば違和感が生まれますし、手が届く範囲に入れば正体がバレてしまいますわ。ワタクシはそれを避けるため、より細部まで見せかける魔法としてアレンジしていますの。それこそ、髪の毛1本まで。けれど、それをするためには膨大な魔力を消費しつづけることになりますわ。現状では、ワタクシの魔力の8割ほど」


「つまり、その姿のときは本来の2割くらいしか力が出ないってこと?」


「そうなりますわね」


リーラリィネの返答に、アルティアは深いため息を吐く。


「2割の力であの強さねぇ……それは確かに、シルバーウルフだって倒せてしまいそうね」


「……本当に、怒っていませんの?」


リーラリィネは静かに尋ねる。


すると、アルティアは黙って手招きをした。


それに応じ、リーラリィネが近づくと、アルティアはおもむろに彼女の頬を両手でつまんだ。


「い……いたたたたた! ら、らりをなひゃいまふの!?」


「怒ってるに決まってるでしょ! なーにが実は魔族でした、よ。正体隠してたヤツと友だちごっこさせられたコッチの身にもなりなさい! まったく、ふざけるんじゃないわ!」


「もうひわけ……ありひゃへんわ」


リーラリィネの謝罪を聞き、アルティアはパッと手を放した。


「でも、正体が魔族だからって……それでアナタへの借りが消えるわけじゃないわ。むしろ、今回のことで借りが増えちゃったわ。だから、それだけのことなのよ」


「アルティア……」


ガタリッ!


タッタッタッタッタッ……。


部屋の扉が開く音がする。


直後、部屋から遠ざかっていく足音が聞こえてきた。

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