正体を知られてしまいましたわ

「リーラリィネ? それは一体どこのどいつだ?」


「はぁ……とぼける必要はない。俺はお前がその姿になる瞬間を見ていたんだ」


ミハイルの言葉に、リーラリィネは少しばかり逡巡してみせる。


だが、すぐにファトゥナの首から手を放し、ミハイルのほうに向き直す。


「せっかくここまで上手く誤魔化してきましたのに……台無しになってしまいましたわ」


そう言って、自らの胸に手を当てる。


すると、リーラリィネの姿が再び金髪碧眼の美少女へと変わっていく。


「ああ、本当にお前はリーラリィネであり……魔族、なんだな」


「そのお話はのちほどに、それよりも……」


リーラリィネはミハイルから視線をそらし、すぐに駆け出した。


ミハイルは彼女が向かった先に目を向ける。


「くっ……これは」


そこには血まみれになって倒れたアルティアの姿があった。


「ひどいケガ……ですが、まだ息をしておりますわ。まだ、間に合うはず」


そう言うとリーラリィネは、自分の手のひらをアルティアの胸に添えた。


「何を、する気だ? お前は魔術がつかえないんだろう? それに、これだけのケガを治せる治癒魔術なんて」


「やれるだけのことはやらなければ……諦めるのは、あとでもできますわ!」


リーラリィネの手から淡い光が発せられる。


それはゆっくりとアルティアの体を這うように広がり、やがて全身を包み込んだ。


「なにをしているんだ? これは……魔力か?」


「ワタクシの魔力をアルティアの体に流し込むのです。魔力は活力。彼女の命をつなげる力になる」


しばらく魔力を注ぎつづけていくと、リーラリィネの言葉通り、アルティアの顔色が少しずつ血色の良いものに変わっていく。


すると、リーラリィネは手を外し、ミハイルのほうへ視線を向ける。


「しばらくは命を取り留めるはずですわ。ただ、これ以上の魔力は彼女の体が耐えられない……できるだけ早く、傷の手当てをしなくてはいけません。治癒魔術を扱える方のもとへ、運びたいのですが……」


「わ、わかった。ほかのケガ人たちと一緒に救護部屋に避難させているから、彼女もそちらに運ぼう」


「感謝いたしますわ。ただ、外の狼たちの対処はよろしいのかしら?」


「問題ない。教師陣と優秀な生徒たちで十分に対処できるとわかった。だから、そちらは任せて、ここに来たのだ。正直、ほかの人間をつれてこなくて正解だった」


それはどういう意味なのか、と尋ねようとしたリーラリィネだったが、まずはアルティアを運ぶことを優先することにした。




ミハイルの言葉通り、残ったグレイウルフたちは教師と生徒の連携によって打倒され、この騒動は一旦の終わりを迎える。


多数の負傷者は出たものの幸いにして死者は無かったことで、事件の規模に比べ、事件の鎮静化は早く進んだ。


ガルガンディや周辺の都市では、勇者学園襲撃事件としてしばらくは人々の興味を刺激する出来事となるが、それもすぐさま収まった。


なぜなら、この事件の真相はほとんどの人に知らされなかったからだ。


あくまで、「魔の森から出てきた魔獣の討ち漏らしにより発生した事件」として片付けられ、そして忘れ去られていく。


むしろ、「突如として現れた魔獣を勇者学園の生徒が退治した」という英雄譚のほうが広まってしまったほどだ。


それは学園の中でも同様だった。


今回の魔獣襲撃への対応のなかで、頭角を現した生徒は「次代の勇者候補筆頭」として祀り上げられることとなる。


だが、そうして称えられる生徒のなかに、リーラリィネの名前は存在しなかった。

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