今度は本気でやらせていただきますわ

崩れるガレキのなかから、現れたのはリーラリィネだった。


体のあちこちに傷があり、制服も半分ほど千切れてしまったその姿は、まさに満身創痍といった様子である。


だが、彼女の足取りは確かであり、真っすぐにファトゥナと銀狼のほうへ進んでいった。


「まさか……この子の咆哮を間近で受けて、立ち上がるなんて……どういう体をしているのよ!」


「おあいにく様ですが、ワタクシ、体の丈夫さについては誰にも負けないと自負しておりますわ」


「……丈夫とか、そういう話じゃ済まないわ! まるで、化け物じゃない!」


ファトゥナの言葉に反応せず、リーラリィネは彼女に向かって歩き続ける。


「くっ! なら、直接嚙み砕くだけよ、やりなさい!」


ファトゥナの指示に従い、シルバーウルフは再びリーラリィネに襲い掛かる。


それに応じるように、リーラリィネは拳を全力で突き出した。


だが、それは完全な空振りになる。


「ははっ! 痛みでおかしくなったの? 見当違いの攻撃を……」


ドンッッ!!


リーラリィネに向かって駆けていたはずの銀狼の体が、まったく逆方向に跳ねた。


態勢こそ崩さなかったものの、駆け始めた場所――ファトゥナの横まで戻されてしまう。


「やはり、このままでは威力が足りませんわね」


「今のは……魔術? いいえ、式を書く暇なんてなかったはずよ!」


「何を驚いていらっしゃるのかしら? ワタクシはただ、同じことをしただけですわ。ソレと同じことを」


リーラリィネが指で示したのは、ファトゥナの傍らに立つ銀の狼だった。


「この子と同じ……? は? まさか、衝撃咆哮(ハウリング・インパクト)の話? あれは、魔獣特有の魔力の発露で……」


「ワタクシたちはアレを『魔法』と呼んでおりますわ。どうも、人族には扱えない力らしいので、知る人はいらっしゃらなかったけれど……魔獣を従える貴方なら、わかるでしょう?」


「魔法? 人……族? な、なんの話をして……」


リーラリィネは立ち止まると、サッと右手を顔の前にかぶせるように構えた。


「今回ばかりはこっちもドタマに来てるんだよ、ファトゥナ・リ・シュトゥルハイム! よくも、アタシのダチをバカにして……痛めつけてくれたなぁ! こっからは手加減なし……全力で叩き潰してやる、覚悟しろよッ!」


パリンッ……パリパリパリ……。


まるでガラスが割れるような甲高い音が響く。


すると、リーラリィネの容姿が変化していった。


輝くような金の髪は、鈍く妖艶な光を秘めた銀髪に。


健康的で明るい薄黄土色の肌は、闇夜を薄めたような灰色に。


そして、海のような深い碧眼は、ルビーの如く煌めく深紅に。


「そ、その姿は……! まさか、北の大陸に住むという伝説の……魔族なの!?」


「伝説かどうかは存じ上げませんが、ワタクシが魔族なのは確かですわ。さあ、この姿に戻ってしまえば、もはや決着はついたようなものですわ。改めて、ご覚悟を」


「人族のフリをして、ここで何を……いいえ、そんなことどうでもいいわ! 人ですらない化け物風情がっ! 姿が変わったからってなに? そんな大道芸で、この子を倒せると思っているの! さあ、噛み砕いてしまいなさい!」


ファトゥナはシルバーウルフに命令する。


ところが、銀狼はその言葉に従わなかった。


それどころか、リーラリィネに対して怯えるようなそぶりを見せ、体を丸めてしまっている。


「何をしている! 私の命令が聞けないの! ええい、それならまたお仕置きをしてあげましょうか! どのくらい痛いのがいいかしら? それが嫌なら、さっさとあの女を食い殺しなさい!」


ファトゥナの恫喝に、シルバーウルフは逡巡するが、最終的にはそれに従うことにしたようだった。


立ち上がりつつ、態勢を低くし、今にも飛びかかる準備を始める。


「そうやって調教してきたわけですわね。先ほどのわんちゃんたちの傷跡も、その調教の結果というわけかしら」


「はっ! あんな雑魚どもに調教なんていらないわ。この子がいれば、いくらだって連れてこられるもの。あれは闘技場で戦わせたときの傷よ。人と魔獣を戦わせる催し物は、驚くくらい稼げるのよ? ふふふ、本当に……この子は私にとって最高の拾い物だったわ」


「どこまでも下衆ですわね、貴方」


「好きなだけ喚けばいいわ! 負け犬の遠吠えをね!」


ファトゥナが再度、リーラリィネを指さす。


すると、シルバーウルフが飛びかかる。


構える間もなく、その牙はリーラリィネを捉えた。


バシンッッ!!


それはいわゆる平手打ち――ビンタだった。


リーラリィネの手のひらが、銀狼の横っ面を叩くと、その巨体は勢いよく吹き飛んでいった。


あまりの衝撃に、地面に落ちてからもゴロゴロと転がり、遥か彼方の壁にぶつかることでようやく止まる。


「……は? はあぁぁぁぁっっ!? な、なにを……なんなのよ、いまの!」


まったく理解できないといった様子で、驚きを隠せないファトゥナ。


「大したことはしておりません。ただ、おいたが過ぎるわんちゃんに、ちょっとしつけをして差し上げただけですわ」


リーラリィネの言葉を理解はできないものの、それが自分を見下したものだと感じたファトゥナは、額に血管を浮かび上がらせる。


同時に、吹き飛ばされた自分の僕に目を向ける。


ダメージこそありそうなものの、立ち上がる姿が確認できた。


「ええい、忌々しい化け物が! 今度こそ、粉微塵に吹き飛んでしまえ!!」


ファトゥナが指示に、シルバーウルフがもう一度応じる。


「死ね!! 衝破咆哮(インパクト・ハウリング)!!」


銀の狼はその口を開き、いななきとともに見えない塊を吐き出す。


地面をえぐりながら突き進むそれは、確実にリーラリィネの肉体と衝突した。


が、リーラリィネは片手で受け止める。


「と……止めた? え、ちょっと……どういうこと? は?」


「魔力を飛ばしてこられたので、魔力で受け止めただけですわ。これは魔法においては基本中の基本。このくらい、ワタクシにできない道理はございませんわ。では、こちらはお返しします、わ!」


わずかに気合を入れると、今度はリーラリィネの手から力の塊が放たれる。


それはあっという間にシルバーウルフまでたどり着き、巨体を壁へとめり込ませる。


これにより、狼は完全に気を失い、動かなくなってしまった。


「そんな……そんなっ! 私の、私だけの力がっ! こんな、あっさりと……嘘よ! これはきっと、悪い夢だわ」


ファトゥナが取り乱しながら、リーラリィネから遠ざかろうとする。


だが、リーラリィネはすぐさま先回りすると首に手をかける。


足がわずかに浮いた状態で首をつかまれたファトゥナは、息苦しそうにもがく。


「ワタクシは貴方を強い方だと思っておりました。過程はどうあれ、アルティアとの闘いは、力と誇りを賭けた素晴らしいものだった、と。けれども、それは勘違いでしたわ」


リーラリィネは手にわずかばかりの力をこめる。


それが、ファトゥナの首をさらに締め上げ、さらに苦しそうな息遣いに変わった。


「他者の力を我が物と思い込み、それを用いては驕り高ぶる行為に誇りなんざあるわけがない! テメエはアタシが一番嫌いな、腐れ野郎の典型だ! そんなクソッタレにダチを嘲られた怒りは、テメエの首を100回ひねっても足りねぇっ!!」


さらに首を握る手に力が入る。


「こ……ほへん、なはい……ひゅ、ひゅるひてぇ」


もはや、ファトゥナは呼吸もままならず、最後に残った息を吐きながら許しを請う。


「そこまでだ! リーラリィネ!」


不意に聞こえてきた声にリーラリィネが振り返ると、そこにはミハイルの姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る