乱入騒ぎの始まりですわ⑤
ガラガラと崩れていく壁の様子を逃げる途中だったミーシャとアルティアは茫然と見つめていた。
「リリィ……ちゃん? リリィちゃん! イヤだっ!! こんなの……いやだよ!」
リーラリィネの吹き飛ばされたほうへ駆け出そうとするミーシャ。
だが、彼女の腕と肩を押さえたアルティアに阻まれてしまう。
「離してッ! リリィちゃんを助けなきゃっ!」
「バカなことを言わないで! あの状況で……生きていられるわけないわ! それより、アナタは逃げなさいっ! ここにいたら、確実に殺されるわ」
「なんで……そんなことできない! 私は、わたしはリリィちゃんの友だちだもんっ! 友だちを見捨てて……そんなの、もうイヤだ!!」
アルティアの手を引きはがそうと暴れるミーシャ。
だが、アルティアはそれまで以上に強い力で彼女を引っ張る。
パシンッ!!
アルティアは力の入らない腕を必死に振り、ミーシャにビンタを放った。
「ここで! アナタが命を落として……それでアイツが喜ぶとでも? 友だちなら、その友だちの気持ちくらい、汲んでやりなさいよ」
「でも……だって、リリィちゃん、が……いなく、なったら、私ぃ……」
「まだ、リーラリィネの命運が尽きたとは限らないわ。アイツは、常識の通じる相手じゃない……でも、あんな吹き飛ばされ方をして、無事とも思えないわ。なら、少しでも時間をかせぐのがいい。ファトゥナの目的はワタシたち3人なんだから、バラバラに逃げるのが最善なのよ」
アルティアの言葉に、ミーシャの表情は一層曇る。
「バラバラって……? 私一人で逃げるってこと? あなた、1人で立つのも大変じゃない!」
「だから、餌にはちょうどいいでしょ? そもそも、あの女と一番因縁があるのはワタシなんだから……きちんとお出迎えしなければいけないわ。さあ、アナタはここから出て、少しでも遠くにいって……誰かに助けを求めていらっしゃい。できれば、アレをどうにかできるとっても強い人がいいわ」
そう言うと、アルティアはミーシャの体を演習場の出口に向かって押した。
途端に膝がガクンと落ち、手にした剣を杖代わりにして、何とか態勢を保つ。
「さあ! 行きなさい!」
「……ごめん、なさい」
ミーシャは一言を残して、演習場から離れるために全力で駆け出していった。
「あらあら、お友だちを残して1人だけ逃げるなんて……やっぱり平民なんて意地汚くて薄情なものだわ」
「あの子には、救援を呼びに行ってもらったのよ。ワタシたちを助けてもらうために」
ファトゥナの嘲笑に満ちた言葉に、アルティアは鋭い視線とともに応じる。
「救援? 助ける? それは無駄というものよ。誰よりも、アナタが一番わかっているでしょう、アルティア」
「ええ、そうね。シルバーウルフとまともに闘える人なんて、ここにはいないでしょう。父上でさえ、腕1本を食われて、追い払うのがやっとだったんだから」
「そう、そうよね? 12年前のあの事件で、貴方の父親は『最強』とまで謳われた力を失ったんだもの。おかげで我が領はわずかな被害で済んだし、無事にこの子も手に入れられたわ」
ファトゥナの話に、アルティアは理解が追い付かないという様子を見せる。
「この子を……手に入れた? なら、あの時のシルバーウルフの襲撃は……あの惨劇は、まさか!」
「そう、シルバーウルフの子を手に入れようとして、その親を刺激してしまったせいだったのよ。偶然、魔の森の浅い領域でシルバーウルフのねぐらを見つけたっていう報告があって……本当は気づかれずに捕獲するように命じたのだけど、しくじって見つかってしまったようなの。これだから無能は困るわ。ま、1人以外は全員、食われてしまったし、残りも口封じに処刑してしまったんだけどね?」
クスクスと笑いながら、楽しい思い出でも語るように話すファトゥナ。
アルティアの顔は驚きから、次第に怒りの色へと変化していく。
「あの悲劇が……父上が剣を奪われたあの日のことは全部、ぜんぶ! お前のせいだったのか!! 許さないわよ、ファトゥナァァぁ!!」
「私が貴方に許してもらう必要なんてないわ。どうせ、もう死んでしまうんだし」
傷つき、もはやまともに動くはずのない体に力を込めるアルティア。
全身に走る痛みを顧みず、全力でファトゥナに向かって駆ける。
ドスンっっ!
上から叩きつけるような衝撃がアルティアを襲った。
シルバーウルフの脚が、彼女の体を踏み潰したのだ。
「さようなら、アルティア。あのクソ生意気な奴隷女によろしく。すぐに平民女も送ってあげるから、あの世で仲良くしておきなさいな」
もはやピクリとも動かなくなったアルティアの姿を見ながら、ファトゥナは言い放った。
「ああ、いいわ。これこそが本来のあるべき形。誰もが私にひれ伏し、すべてが意のままになる。あはは! はじめから、こうしていればよかったのよ! 何もかも、踏み潰す力が、私にはあるんだから!」
ファトゥナの高笑いが演習場を満たしていく。
何ものにも邪魔されることなく響き渡るはずの笑い声を止めたのは、壊れた壁の破片がゴトリと落ちる音だった。
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