乱入騒ぎの始まりですわ④
戦闘で受けた傷と敵を仕留めた安堵から、アルティアはバタリと倒れてしまう。
「だ……だだだだ大丈夫!?」
駆け寄ってきたミーシャは、すぐにアルティアの体を抱き起した。
「これが……大丈夫に見えるの? そもそも、半分はアナタがやったんでしょうに」
「で、でも……あの時はああしないと、多分あいつにやられてたし」
「ええ、そうね。いい判断だったわ。それにしたって、『耐えて』って……無茶言うわね。もしワタシがあれで倒れていたらどうする気だったの?」
「わかんない……でも、あなたなら大丈夫だって、何となくそんな気がしただけで」
ミーシャの返答に、アルティアは思わず笑ってしまう。
「ははっ……なんとなく、ね。ああ、そんなことを言われたのは初めてかもしれないわ」
「な、なによ! また、人のことバカにして!」
「違うわ、違いのよ。理由も根拠もないのに、大丈夫だと思われることが……存外、うれしいものだって驚いているだけよ」
「……やっぱり嫌味にしか聞こえないけど」
「2人とも、無事でなによりですわ」
アルティアとミーシャが話していると、そこにリーラリィネが合流してきた。
「思った通り、グレイウルフを仕留めてくださいましたわね」
「まあ、なんとかね。こっちは満身創痍ってところだし……この子がいなきゃ、死んでるところだったけど」
アルティアの言葉に、ミーシャは大きくうなずく。
「そうだよ! 私がうまくやってなきゃ、アナタはどうなっていたのかわからないんだから、ちゃんと感謝してよね!」
「確かにそうね。どうもありがとう、ワタシを電撃で焼いてくれて」
「ほらっ! やっぱり嫌味ばっかりじゃん!」
ミーシャは不機嫌そうに頬を膨らませた。
アルティアは彼女の言葉に同意するように僅かに微笑むと、改めてリーラリィネへ視線を向ける。
「最初にアナタがひねった1体に、ワタシたちが仕留めた1体、そして今しがたアナタが叩いた4体で合計が6体。なら、最悪でもあと2体といったところよ……」
「どうしてそう思いますの?」
「ヤツら……グレイウルフは8体までしか群れを作らないわ。それ以上に増えると、弱いものを追い出すか、群れが2つに割れるの。だから、どんなに多くても、あと2体が限度……」
ワオオォォォォォーーーーーーン!!
演習場の外、少し離れたところから遠吠えが聞こえる。
最初は1つ。
だが、応じるように数は増えていく。
「これ……あの狼の声だよね? どう聞いても、2匹じゃない……よね?」
「ええ、ワタクシには少なくとも10はくだらない数に聞こえますわ」
ミーシャが青ざめた顔で呟く。
「そんな……バカな! ありえない、そんなの……グレイウルフがこんな大きな群れを作るなんて……これじゃあ、まるで……あの時の!」
アルティアは震える体をなんとか止めようと、両手で体を押さえていた。
「何事にも例外はありますわ。あの狼たちが大規模な群れを作る場合、それは……」
ドンッッ!!
何か巨大なものが地面に落ちる音と衝撃が伝わってくる。
それは演習場の中央であり、落下物のせいなのか、大量の砂ぼこりが宙に舞っていた。
やがて、土煙が晴れてくると、1つの大きな影が浮かんでくる。
「グレイ……ウルフ? いや、違う! この大きさは……これは!」
先ほどまで少女たちが相対していた狼の、ゆうに3倍はある巨影。
そして、その体毛は灰色ではなく、もっと尊厳のある色――銀色に輝いていた。
遠目からでも見上げなければならないほどの巨大な狼に、アルティアの顔は絶望に染まる。
「ああ……まさか、そんな。アレは、シルバーウルフ……ッ!」
「もももももしかしなくても、あれが親玉……だよね?」
ミーシャも青を通り越して、白くなった顔でどもりながら声を上げる。
「あら、知っていたのねアルティア。さすがは『境界の守護者』と呼ばれた男の娘だけあるわ」
アルティアにとって聞き覚えのある声が、演習場にこだました。
その声は、先ほど現れた銀狼のほうから発せられている。
直後、狼の背から飛び降りる人影が見えた。
「あの時よりも、もっとボロボロになっているじゃない。あはは、無様な姿だこと」
「どう……いうこと? どうして、ファトゥナ様がシルバーウルフに?」
目の前の状況がまったく理解できず、呆けたように尋ねる。
「どうして? どうしてですって? ぜ〜んぶ、貴方たちのせいでしょ! 私にっ!屈辱をっ! 与えたっっ!! 貴方の責任よ! 心から後悔するといいわっ!!」
怒りと憎悪に満ちた顔で吐き散らすファトゥナ。
だが、言葉を終えれば今度はニヤリと笑いながら、アルティアたちを指さした。
「さあ、全部食べておしまいなさい」
ファトゥナの言葉に従うように、傍らの銀狼は一気に3人に向かって駆け込んできた。
巨大な影が自分たちに襲い掛かる恐怖から、ミーシャとアルティアは思わず目を閉じてしまう。
…………。
命が尽きたと思ったはずが、2人の体には痛みどころか、何の変化も訪れなかった。
何が起きたのかと、恐る恐る目を開ける。
そこには、己の体よりはるかに大きい狼の鼻先を両手で押さえ、力づくで止めているリーラリィネの姿があった。
「この……わんちゃんは、さすがに一筋縄では……いきそうにありませんわね!」
「リリィちゃん! 無茶だよ、これはもう……無理だよっ!」
「ミィ! アルティアを連れてここから離れなさい!」
「嫌だ! リリィちゃんを置いて、逃げるなんてできないよっ!」
リーラリィネの指示に、ミーシャは反発する。
だが、アルティアはミーシャの腕をつかみ、声を荒げる。
「ワタシたちがここにいたら……足手まといになるのよ! いま、アレとまともに戦えるのはリーラリィネしかいないの! アイツの邪魔になるのは、『友だち』がすることじゃないでしょ!?」
アルティアの言葉にミーシャは眉をひそめる。
相手やりもはるかに小さな体で、自分たちを守ろうと踏ん張っている友だちの姿。
改めてそれを見て、ミーシャはアルティアの体を支えて、立ち上がらせる。
「絶対に……ぜったいに無理しちゃダメだからね! 怖くなったら、逃げなきゃダメだからね!」
「ええ、もちろんですわ!」
リーラリィネの返事に頷いて、ミーシャはアルティアとともに歩き出した。
その様子を黙って見ていたファトゥナが、こらえていた笑いを漏らし始める。
「ふっふっふ、あーはっはっは! いいわね、素晴らしいじゃない……その友情ごっこ! でも、ざーんねん。ここで逃がしたところで、どうせ3人ともあの世行きだもの。無駄な努力、おそれいるわぁ!」
「それは……ワタクシがこのわんちゃんに負けると、そうおっしゃりたいのかしら? この程度の魔獣で、ずいぶんと調子に乗っていらっしゃるのね」
「強がるのもそこまでにしておきなさい。その子の体当たりを必死で押さえるので精いっぱいのくせに。でも……そうね。いつまでも押し合いをさせるのもツマらないわ。そろそろ、終わりにしましょうか」
ファトゥナはゆっくりと腕を上げ、人差し指をリーラリィネに向ける。
「撃ちなさい、衝撃咆哮(インパクト・ハウリング)」
直後、シルバーウルフは巨大な口を開く。
そこから、何かが猛烈な勢いで放たれると同時に、リーラリィネの体は吹き飛ばされた。
放出された衝撃と共に彼女の体は背後にあった壁に激突する。
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