乱入騒ぎが始まりですわ③

「や、やっぱり無理……かも?」


ミーシャはすぐさま弱音を吐いた。


遠目に見ていたグレイウルフはさほど大きく見えなかった。


だが、いざ近づいてみれば自分よりも高さがある狼など、恐ろしさの塊だったからだ。


「いまさら怯んでも仕方ないでしょ! 向こうはこっちを獲物に定めてきた……覚悟なさい!」


アルティアが声を張り上げ、ミーシャに喝を入れる。


リーラリィネが走り出すのと同時に、アルティアも自らの敵に狙いを定めて駆け出した。


そして襲われそうになっていた一般人を助けるため、間に割って入ると同時に、グレイウルフの鼻先を剣で斬りつけたのだ。


決して大きな傷を与えるものではなかったが、敵として認識させるには十分だった。


「覚悟っていっても……私、何をすれば?」


「ワタシが指示を出すから、言われたとおりに魔術を使いなさい!」


「ううぅ……リリィちゃんなら迷わず頷くとこだけど、相手が相手だと……うぅ」


「アナタがワタシと一緒に死にたいなら、そのまま指をくわえて見ていてもいいわよ?」


「……わかった! わかったから、指示をちょうだい!」


ミーシャが応じる。


ところが、それに合わせるようにグレイウルフはアルティアに爪を向けてきた。


鋭く、そして早い一撃に、アルティアは八つ裂きにされてしまう。


「うそっ!」


一瞬の出来事に、ミーシャは悲鳴のような声を上げてしまう。


しかし、アルティアは間一髪で後ろに飛び、直撃を避けていた。


かすめた爪が、彼女の制服をビリビリに破ってしまう。


「だ……大丈夫っ!?」


「ああ、ダメージは無しだ。とりあえず、まずはアイツに火球を見舞ってやれ!」


「お、オッケー!」


ミーシャがサッと魔術式を書くと、眼前に3つの火の玉が浮かぶ。


「行ってこい、サラちゃん!」


時間差で飛び出す火の玉が、連弾となってグレイウルフを襲う。


が、その攻撃は見切られ、巨体に似合わない素早い動きでかわされてしまう。


「うそっ! 全部ハズれた!?」


打ち出した火球がすべて避けられたことに驚くミーシャ。


「いいえ、悪くないわ!」


敵が身をかわすのに合わせ、アルティアは一気に駆け出し、距離を詰めていた。


グレイウルフが着地する瞬間に合わせ、前足に向けて全力で剣を振り抜く。


ガキィィィィンッッ!


まるで、鉄板を叩いたかのような反動がアルティアを襲う。


彼女の剣はグレイウルフの表皮で止められ、肉を断つには至らなかった。


「やっぱり……刃が通らないわね。ならっ!」


アルティアはすぐさま剣を引くと、今度は巨狼の喉元に向けて剣を突き出す。


ヒュッ!!


空を切る音だけが響く。


アルティアの突きに危険を感じたのか、グレイウルフは再び後ろに飛びずさっていた。


同時に、体を捻りながら、その尾を使った一撃をアルティアに放つ。


「石壁(ストーンウォール)を!」


アルティアの叫びに応じ、ミーシャが即座に魔術を展開する。


グレイウルフの尾は、地面から生えた巨大な岩壁によって阻まれ、アルティアには届かなかった。


「ま……間に合った……」


「本当、どういう速さをしているのかしらね」


「うん、あの魔獣……すっごく速くて、魔術を当てられる気がしないよ」


「……ワタシが言ったのは、そちらではないけれど」


「……?」


ミーシャは怪訝な顔を浮かべるが、アルティアは真っすぐに敵を見据えている。


「アレは、ワタクシの横薙ぎは悠然と受けたわ。でも、首元への突きは後ろずさった。アナタの魔術も同様に避けた。つまり、それらを脅威に感じたということでしょう」


「当てられれば、勝てる?」


「当てられれば、ね。じゃあ、どうやって当てるのか……が、問題なんだけど」


ふぅっと息を吐くアルティア。


「では……跳んでもらおうかしら」


「え? う、うん……わかった!」


ミーシャはその場で3度、ジャンプをしてみせた。


「いえ……アナタじゃなく、あのグレイウルフの話なんだけど」


「え、あ……あぁ! そういうこと? うわ……恥ずかしい」


勘違いに気づき、真っ赤になった顔を隠そうと手で覆うミーシャ。


その様子に、アルティアは思わず笑ってしまう。


「あはは! まったく、アナタという人は。憎たらしいくらい優秀なくせに、時折びっくりするくらい間が抜けているのね」


「ちょっと、バカにしないでよ! 今のはそっちの言い方だって悪かったでしょ!」


「そうね、確かにそう。だから、今度は間違いないように伝えるわ。アイツの足元を凍らせなさい。足まで凍り付かせるの」


アルティアは、グレイウルフから視線を離さず言葉を続ける。


「おそらく、避けられる。そして、そのために跳ねるはずよ。そこを狙うわ。どれだけすばしっこくても、空中なら身動きは取れないもの」


「そんなにうまくいくかな?」


不安そうに聞き返してくるミーシャに、アルティアはハッキリと言い切る。


「うまくいくかどうか、じゃないわ。うまくいかせるの。ワタシと、アナタで」


アルティアの言葉に、ミーシャはゴクリと息を飲んだ。


「さあ、ここが正念場よ! やりなさい!」


「うう、成功して! セルちゃん、お願い!」


ミーシャがスラっと魔術式を書き上げる。


すると、地面を放射状に白い霜が広がっていく。


やがて、グレイウルフの足元まで凍てつく空気が届こうとする。


バシッ!


警戒したグレイウルフはすぐさま自らの後方に向けて飛び跳ねる。


「狙い通りっ! ここで、決める!」


ミーシャの魔術に少しだけ遅れて、前方に飛び出していたアルティアが、敵の動きに合わせて飛び込んでいく。


「取ったっっ!!」


突き出した剣の切っ先が、巨狼の首を確実に貫いた……はずだった。


にもかかわらず、アルティアには一切の手ごたえが感じられなかった。


クンッとグレイウルフの頭が後ろに下がる。


「まさか……尾を振った反動で回転したっ!?」


空中で攻撃行動を済ませたアルティアは、これ以上動くことができない。


そして、先に飛び跳ねたグレイウルフのほうが着地をするのは早い。


その次の瞬間には、巨大な牙がアルティアを貫いているだろうことはすぐにわかった。


「こんなところで……おしまい、なの?」


敗北が決まったと悟ったアルティアは、思わず弱音を漏らしてしまう。


その時、背後から叫ぶような声が響いてきた。


「アルティアッッ!! 耐えて!!」


ミーシャの言葉にハッとしたアルティアは、もう一度視線をグレイウルフに向ける。


ピチャンッ!


狼の脚が地についた瞬間、なぜか水音が響いた。


なぜか、地面一体が濡れていたのだ。


「アイツを止めて! ヴィヴィちゃん!」


ミーシャの式はあっという間に完成し、足元に閃光を生み出した。


それは、濡れた地面を瞬時に駆け抜け、グレイウルフの体にほとばしる。


熱と痛み、そして衝撃によって、狼の巨体がよろめいた。


予想外の攻撃を受けたせいか、グレイウルフは動揺した様子を見せ、頭を振りながら正気を取り戻そうとした。


だが、その目には仁王立ちする人影が映る。


「耐えろ……だなんて、無茶苦茶を言うものね。こんなの、痛いなんて話じゃないわよ」


愚痴をこぼす影は、その言葉とは裏腹に、狙いすました視線を敵に向ける。


「けど、アナタが作ってくれたこのチャンス……死んでも逃さないわよ!」


態勢は低く、脚には魔術を刻み、最後の一撃を放つ準備を済ませるアルティア。


「さあ、わんちゃん! おいたの仕置きを受けなさいっっ!!」


放たれた矢のように、相手の首元へ飛び出すアルティアの一撃。


グレイウルフも何とか態勢を立て直し、回避を試みる。


そして、わずなにその巨体体が浮き上がった。


だが、それは跳躍ではない。


アルティアの剣がその喉を貫いた衝撃の余波によるものだった。

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