乱入騒ぎの始まりですわ②
1体目は「蹴り」だった。
演習場から逃げようとしていた生徒たちを先回りし、出入り口をふさいだ巨狼は追い詰めた獲物をいたぶるように、ゆっくりと距離を詰める。
生徒たちは必死に魔術で抵抗しようとするも、一切怯むことなくオズオズと進んでくる。
そして、ついに壁際まで後退し、逃げ場を失った生徒たちは顔に絶望の色を浮かべていた。
その怯えぶりに満足したのか、グレイウルフは口を大きく開き、食事の準備に入った。
が、狼の動きはそこで止まる。
鈍く光る獣の瞳は、その身に凄まじいスピードで駆けてくる小さな存在をハッキリと捉えていた。
バコッッッ!!
鈍く、それでいてけたたましい音が響く。
それはリーラリィネの蹴りが、グレイウルフの首元に思い切りぶち当たった音だ。
その勢いたるや、巨狼の体がきりもみしながら吹き飛び、そのまま横にあった壁にめり込んでしまうほど。
「みなさま、ご無事かしら?」
リーラリィネは襲われていた生徒たちに問いかける。
わずかに傷ついているものもいたが、どうやら全員無事な様子に静かに頷く。
「ご自身で動ける方々は、すぐにあちらへ向かってくださいませ。ミハイル様が生徒と教師を集めて、対策を打つとおっしゃっていましたわ」
そう言って、ミハイルが走っていった方向を指し示す。
だが、生徒たちは何が起こったのかがわからず、ポカーンとしていた。
「死にたくなければ、いますぐ動けッ!! アイツらの餌になりたいなら、ここで呆けていろ! 自分の命を守る努力くらい、できるだろうがっ!」
リーラリィネが一喝すると、ようやく正気を取り戻したのか、生徒たちは急いで逃げていった。
「まったく、世話の焼けることですわ。さて、ワタクシもあまり悠長にはしていられませんわね。これだけの数、早めに対処しなければ大変なことになりそうですわ」
そう言うと、自分が対処すると宣言した残りのグレイウルフたちに目を向ける。
「今なら、誰も見ていませんわよね?」
呟くと、リーラリィネは腰を深く落としつつ、両腕を腰のあたりで引き、構える。
「はああああぁぁぁぁッッ!!」
気迫を込めた叫びとともに、リーラリィネは両方の拳を突き出す。
その拳はただ空を切っただけに思えた。
が、一拍置いて会場の反対側にいたはずの2体のグレイウルフが勝手に吹き飛び、そのまま観客席に激突する。
襲われそうになっていた生徒や観客たちは何が起こったのか、まったくわからないといった様子だ。
それでも、危機が去ったのだと察知して、すぐさまその場から逃げていく。
「これで、あとは1匹ですわね。あら?」
リーラリィネはゆっくりと視線を左右に動かした。
先ほどまで、視界の端にいたはずの4匹目の姿が消えていたからだ。
「まさか、逃げました……の?」
影が落ちてくる。
そして、すぐさま牙が襲いかかってきた。
が、巨狼の口のなかには、肉の感触は残っていなかった。
代わりに、鼻のうえにグッと重みがかかる。
「どうやら、貴方は他のわんちゃんよりも少し賢いらしいわね。けれど、この程度の不意打ちでワタクシを仕留められると思ったのだとしたら……それは見くびり過ぎというものですわ」
グレイウルフの鼻の上に乗りながら、その瞳を望み込みつつ言い放つリーラリィネ。
すぐさま、獣の爪が彼女の体を引き裂こうとする。
しかし、爪が通過するときには、すでにリーラリィネの姿は消えていた。
「その浅はかさ、反省なさいっ!」
飛びあがっていたリーラリィネは、落下する勢いを乗せて、グレイウルフの頭に自らのかかとを全力で落とす。
ドンッッ!
という鈍い音とともに、狼は地面にめり込んでしまう。
「グレイウルフ程度では相手になりませんわ。けれど……いったいどこから?」
完全に気を失っているグレイウルフをまじまじと見ながら考え込むリーラリィネ。
すると、その体におかしな部分があることに気づく。
「これは……少し古い、切り傷? おそらく刀剣の類で斬られたものですわね。それなのに、なぜか縫い合わせたあとがありますわ。魔獣を治療した……ということ? 単に傷がついているだけであれば、追い立てられて来たで一応の説明がつきますけれど……どうして魔獣が人から手当てを受けているのかしら? 人の世界には、そういう酔狂な者がいるということかしら」
魔族にとっても、魔獣は脅威である。
土地を荒らし、食物を奪い、場合によっては食われてしまうからだ。
そのため、魔獣を見かけた場合は確実に退治することが常識だった。
当然、傷ついた魔獣を助けるなどという発想は存在しない。
不思議に思ったリーラリィネは、もう少し調べてみることにした。
「これは……先ほどの傷よりもずっと新しいものですわね。ただ、やっぱり縫合されていますわ。あら? こちらには古傷も。ほぼふさがってますけれど、治療痕はある……どういうことかしら。継続的に傷つけつつ、治療もするなんて……どういう意図があればこのようなことを……」
少しの間、考え込むリーラリィネ。
だが、特に納得のいく答えを導くことはできなかった。
「考えるのはあとにいたしましょう。それより、目の前の脅威を取り除かなければなりませんわ」
そう言って、グッと体を起こすと友人たちのほうへと視線を向けた。
「ふふふ、やっぱりミィもアルティアも、ワタクシの思った通り……いえ、それ以上の力を備えていますわね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます