生徒会長と勝負いたいします、わ?

選抜戦3日目。


勇者学園のなかは、前日までとは比べ物にならないほどの騒がしさだった。


選抜戦の優勝者が決定する――すなわち、いまの勇者学園における最強が決まる日だからだ。


もちろん、選抜戦の優勝がそのまま「勇者」になることとはつながらない。


それでも「より強い勇者」を望む人々にとって、それを確かめたいという願いは強いものなのだろう。


第1演習場の観客席は、多数の立ち見客が現れるほどに盛況となる。


「やはり、この街は大きいですわね。これだけの人が集まってくるなんて……ワタクシ、驚きましたわ」


「まあ、いまや大陸屈指の大都市だ。このくらいは当然だろう」


リーラリィネの素直な感想に応じたのは、ミハイルだった。


2人が立っているのは、同じ武舞台の上。


「まさか、昨日の今日でお前とぶつかることになるとはな。これは、運が良いのか悪いのか……」


「ふふふ、ワタクシとしては困ってしまいますわ。ミハイル様はすぐに乙女の秘密を見破ってしまいそうですもの」


「せっかくの機会だ。そのヴェール、すべて剝がさせてもらおうか!」


ミハイルは手にする槍を構える。


応じるように剣を抜くリーラリィネ。


しばらく、2人は互いの様子をうかがいながら、ゆっくりと間合いを詰めていく。


そして、リーラリィネが一気に踏み込もうとした。


その瞬間、前に出そうとした右足を狙うように鋭い突きが放たれる。


「……っ!!」


バキンッ!


危うく足を貫かれそうだったが、咄嗟に矛先を踏みつける形で対応するリーラリィネ。


ミハイルはすぐさま槍を引き、再び構え始める。


(動きが読まれましたわね。やはり、ミハイル様の眼は厄介ですわ)


解析(アナライズ)を刻まれた目により、常に相手の魔力の動きを把握することで、ミハイルには相手の心の動きを読むことができた。


それは肉体を動かす際にも有効であり、どこを動かそうとしているのかを大まかながら事前に予測できる。


「こちらから攻めるのは、少々分が悪いでしょうか?」


「確かにそうかもしれないな。だが、俺が待ち続けるとは限らない……ぞッ!」


今度はミハイルがリーラリィネの銅をめがけて横薙ぎを繰り出す。


リーラリィネは剣を盾替わりにして防ぐ。


「はあああぁぁぁぁッ!!」


だが、ミハイルは気迫とともに力を込め、リーラリィネを体ごと吹き飛ばした。


舞台上で弾むような着地をするリーラリィネ。


すぐさま態勢を立て直すも、直後にミハイルの放つ槍が襲ってきた。


「どうやらお前の剣術は付け焼き刃のようだな! そんなもので、俺には勝てないぞ。さあ、お前の本来の力を見せてみろ!」


「これは……なかなか情熱的なお誘いですわね。けれど、紳士たるもの淑女には優しくするものではございませんか?」


何とかミハイルの攻撃をさばきながら、リーラリィネは応じてみせた。


「それだけ喋れるなら余裕がありそうだ! なら、もう少し追い詰めるとしようか」


ミハイルの攻勢が一層激しさを増していく。


(ミハイル様相手では、油断するとすぐに例の力を見破られてしまいますわ。さて、どうしたものでしょうか)





「なんか、リリィちゃん……調子が悪いみたい」


ミーシャが心配そうにリーラリィネとミハイルの試合を観ている。


「多分、ミハイル様の眼を警戒しているのよ。あの方は他人の魔力を常時見ていて、それで相手を見極めているから。安易に例の魔術モドキを使ったりすると、どういう仕組みなのかを見破られると思っているはずよ」


アルティアはミーシャの疑問に対し、自らの見解を述べる。


だが、ミーシャの疑念は晴れなかった。


「アレを出し惜しみするってだけじゃないと思う。リリィちゃんの動き全体が、遅いというか重いというか」


ミーシャの指摘に、アルティアも目を凝らして見始めた。


たしかに、彼女が言うようにリーラリィネの動きは精彩を欠いているように映る。


「ワタシとやり合った時も、もっと速かったはず。特訓の最中だって、あんなに鈍い動きじゃなかった……もしかして、なにか狙っているのかしら?」


「実は、昨日のことでケガしてるとか……ないよね? もっと、私が早く生徒会長を見つけられてれば、最初からそういう風に動けてれば……あんな風になってなかったかも」


顔中に不安の文字が浮かんでくるミーシャ。


だが、アルティアはそれを鼻で笑う。


「アイツがアナタにそう言ったわけ? 違うでしょ。なら、そうじゃないのよ。リーラリィネが問題ないと言うなら、きっと問題ない。今の状況だってなにか理由があるはずだから、黙って見ておけばいいわ」


「……そんなこと言って、生徒会長さんが勝てばいいとか思ってるんでしょ。だって、あなたは生徒会長さんが好きなんだもんね!」


「ふっ! もしそうなったら諸手を挙げて喜ぶわ。さすがはミハイル様だってね」


「最っ低!」


そういうと、ミーシャはアルティアに舌を出してみせる。


「でも、残念なことに……そんな姿は微塵も想像できなくなってるのよ。本当に、迷惑極まりないわよね」


「私にはあなたのほうが迷惑ですけ……ど……あれ?」


ミーシャは自分の耳がおかしくなったのかと思った。


聞いたことのない、不思議な音がこだましている。


「ねえ、何か聞こえない?」


「はあ? これだけ客がいるんだ、変な声を上げるヤツくらいいるわよ」


…………ォーーーン!


「違う、違うよ! これ、人の声じゃない。人っていうよりも……」


次第に近づいていくように、その「声」はどんどん大きくなっていく。


ワオォォォーーーーン!!


「狼の遠吠えだ」

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