生徒会長がご立腹ですわ

「では、お前は『グランツとはちょっとお茶をしただけだ』と、そう言い張るつもりなんだな?」


「ええ、その通りですわ」


選抜戦の2日目が終わり、日中の喧騒が嘘のように静まり返った第1演習場。


そこで、リーラリィネはミハイルの問いにハッキリと応じた。


「まるで炎で焼かれたようにボロボロになった制服で現れた……という証言もあるんだが?」


「それが、帰り道でちょっと転んでしまいまして……制服が破けてしまいました。いただきものを粗末に扱ってしまい、大変申し訳ありませんわ」


「学園の制服は支給された時点で本人のものだ。そこは遠慮する必要はない……じゃなくて! 報告では、会場に現れたお前はあられもない姿だったらしいじゃないか! ちょっと転んだくらいで、そんな状態になるものか!?」


「ええ、そんなことになるはずありませんわ。もちろん、大嘘ですし、それはミハイル様にはハッキリと分かっているでしょう。そのうえで、『ワタクシはグランツ様からお茶に誘われた』と申し上げていますわ」


「どうして、そんな嘘をつく? 必要ないだろう、ためらわずに糾弾すればいい。言っておくが、グランツを理由に俺を脅そうとしても無駄だぞ。むしろ、俺はアイツが学園に入ることに反対していたんだからな。これを機に、領地に戻ってもらうほうがいいくらいだ」


これまでにないほど、鋭い視線でリーラリィネを睨むミハイル。


だが、リーラリィネのほうは、まるで気にしていない。


「脅すなどと……そのようなつまらない話は考えてもおりませんわ。ワタクシはただ、グランツ様が気に入ったというだけでございます」


「なっ……お前、まさか弟に色目でも使おうっていうんじゃないだろうな!」


「うふふ、もしもそうだと申し上げたら、どうなさるつもりですか?」


眉を吊り上げるように抗議したミハイルに、リーラリィネは軽口で返す。


「……その気がないのはわかった。だが、アイツがやったこと……本当にやったことは生徒会として看過していいものではない。お前が許して、それで終いとはいかん」


「では、どのような理由で処分をなさるおつもりですの?」


「それは……もちろん、不当な暴力を振るった件で」


「暴力を振るわれた方がいらっしゃったのでございますか?」


リーラリィネの返しに、ミハイルは顔をしかめる。


「はぁぁ……いったい、お前の望みはなんだ? わざわざグランツを学園に残すことになんの意味がある?」


「意味などございません。気に入ったというのは、ワタクシの気持ちの問題ですわ。グランツ様はきっと……強くなられますから」


「当然だ。アイツには才能も器量もある。だから、茶番に付き合わせるのは……いや、今のは聞かなかったことにしてくれ」


ミハイルの反応に、リーラリィネはきょとんとした表情を見せる。


「アルス様にうかがっていたのとは、ずいぶんと違いますわね。ミハイル様はグランツ様にあまり興味がないとおっしゃっていましたけれど、そうは思えませんわ」


「……アイツは俺の意を汲んで、そう言ってくれるだけだ」


「そうでしたのね。では、生徒会長ではなく『グランツ様の兄君』としてのミハイル様になら、真実をお話しましょう。きっと、ミハイル様は知っておくべきことだと思いますわ」


リーラリィネはグランツとの間で起こったことのあらましを語る。


グランツに人質を取られて決闘したこと、その決闘でグランツを圧倒してみせたこと。


そして、グランツがミハイルに敵愾心をむき出しにしていたこと。


「やはり、グランツはそう考えていたか。いや、俺自身がそう見せてきたんだから当然ではあるが……なるほど」


「僭越ながら、ワタクシはミハイル様が軽んじられる理由がよくわかりませんわ。その有能さは、少しでも相対した者ならば感じ取れるものだと思いますもの。まして、グランツ様はミハイル様の弟君ではありませんか」


「ほう、お前にも人を褒めるという機能はあったんだな。驚きだ」


「失礼ですわね。ワタクシは優れたものには常に賞賛を与えたいと思っていますわ。ただ、ワタクシ自身は何者よりも秀でていると自負しているだけで」


ミハイルの皮肉に、リーラリィネはニコリと笑いながら返した。


「その自信……羨ましいな。俺には……そう言い切ることができなかった。それが結局は、アイツを失望させる結果になった。だが、それでいい。俺や兄のような生き方は、グランツにさせたくはない」


「それが勇者学園から遠ざけたい理由ですの?」


「半分、だな。もう半分は……俺の腹に収める話だ。とにかく、事情は分かった。このことは生徒会長としては聞かなかったことにしよう」


そう告げると、ミハイルはリーラリィネのほうを見ずに立ち去ろうとした。


だが、リーラリィネは彼を呼び止める。


「最後に1つ。ワタクシには兄弟はおりませんでしたが、兄のように慕っていた方がいましたわ。その方はいつもおっしゃっていました。『何かあれば俺を呼べ。どんな時でも、どこからだって必ず助けに行く。それが兄というものだ』と。ワタクシはその言葉をとても大事にしております。ミハイル様はどう思われますか?」


「ずいぶんなキレイ事だな。それなら世界だって救えそうだ。ただ、憧れは抱くよ」


結局、ミハイルは振り返らないまま、演習場を去っていった。

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