卑劣漢にはお仕置きですわ①

学園の敷地を離れたリーラリィネは、グランツに案内されるままにガルガンディの街を歩いていた。


そして、彼が指差すとある家屋の中へと足を踏み入れる。


一見すると何の変哲もない普通の民家だった。


だが、やたらとガタイの良い男が2人、まるで番人のように座っていた。


男たちはグランツに問いかける。


「合言葉は?」


「人に人を、犬には犬を、血には血を」


グランツが返答すると2人の男が立ち上がり、部屋の奥に設置された石造りの棚を一緒に引っ張る。


棚はまるで扉のように開き、その先には地下へと続く階段が見えた。


「この下だ。そこにお前の墓場があるぜ」


グランツは挑発するように言う。


しかし、リーラリィネはその言葉に反応することなく、沈黙を続けた。


つまらないといった様子で舌打ちをするグランツ。


彼が隠し階段を降り始めると、リーラリィネもそれに続いた。


弱々しいろうそくの火だけが照らす薄暗い階段を下ると、その先には開けた空間があった。


「これは……」


地下にあるとは思えないほどの広さ。


中央にはなにもない円形の空間、それを取り囲むように配置された席は、学園の第一演習場を彷彿とさせた。


「ようこそ、ガルガンディ地下闘技場へ! まぁ、別に俺のものじゃないけどな。お前に身の程をわからせるには、おあつらえ向きだと思うぜ」


客席には誰もいなかったが、グランツの連れ達がドカリと座り始める。


その中の1人がツェンを強引に座らせ、その横の席に押さえつけるように腰を下ろす。


「さあ、俺とお前はこっちだ」


グランツが指を向けたのは、部屋の中央部。


意気揚々と歩を進めるグランツとは対象的に、リーラリィネはツェンの方に視線を向け、立ち止まる。


「言われたとおりここまでついて来たのです。お爺様を開放なさい」


「はぁ? バカか、お前。そうしたらお前が逃げるだろうが! 俺がお前をボコボコにするまで、そいつはここにいるんだよ! 決定権はこっちにあるんだ、いいから早く来いっ!」


グランツの荒々しい声には一切動じないリーラリィネ。


だが、男に力づくで押さえつけられているツェンの苦しそうな表情が、彼女をグランツのもとへと向かわせた。


「ここはな、普段は賭場として使われているらしい……もちろん、違法のな。いろんなものを戦わせて、どっちが勝つかを選ぶそうだ。それは人間同士だったり、あるいは別の何かだったり……まったく、平民どもの娯楽というのは、下劣極まるもんだ」


「そのような場所を自らの屈辱を晴らす場に選ばれるのも、なかなか品の無い趣味をしていると思いますけれど?」


リーラリィネは皮肉を口にした。


ただし、普段の悪戯交じりの調子ではなく、その鋭いまなざしもグランツを射抜くものだったが。


「ああ、その理由は簡単だ。言っただろ、ここは『違法な賭博場』だってな。つまり、ここでは何かが起こっても外には漏れねえってことだ! お前がどれだけ泣き叫んでも、それを聞いて助けてくれるヤツはいねぇ!!」


グランツは腰に差していた剣を抜く。


それに反応して、リーラリィネもとっさに構えた。


「どうした! お前も剣を手に取ったらどうだ? もっとも、そんなことしたらあそこのジジイがどうなるかは知らないがな!」


その言葉にリーラリィネはしばらく逡巡したあと、構えを解いて棒立ちになる。


「ワタクシが憎いなら、ワタクシを傷つければよろしいでしょう。あの方は関係ありませんわ」


「当然、そのつもりだ。けど、ただ単に叩きのめすだけじゃ、俺の気が済まないんだよ。お前には身をもって理解させなきゃならない。俺を……六大公爵家の子息たるグランツ・ド・ローゼンハイムの偉大さをなぁ!!」


グランツが叫ぶと同時に、その瞳からわずかな光が漏れ始めてくる。


それは、リーラリィネにとって見覚えのある光景だった。


「瞳に魔術式……まさか、解析(アナライズ)!?」


「そうか……お前は兄と、ミハイルと知り合いだったらしいな! だが、俺の『刻印眼』をあんな落ちこぼれと一緒にするなよ。ローゼンハイム家の秘伝を、あんな低級魔術にしか使えなかった男と! さあ、喰らえ!! これが俺の、ローゼンハイムの本当の力だ!!」


グランツの瞳から漏れる光は次第に強力なものに変わる。


その光が今度は、燃え盛る炎を形作っていった。


そしてグランツは、自らの力の名を叫ぶ。


「燃え尽きろ!! 煉獄大渦(インフェルノ・ヴォルテクス)!!」


発生した炎がグルグルと回りながら、次第にリーラリィネの身体へと近づいていく。


渦巻く炎はその火力をさらに上昇させながら、中に捕らえたものを確実に責め続けた。


「はっはっはっ! どうだ、熱いだろう? 苦しいだろう? こいつは対人戦じゃあ、まず扱えない大規模魔術だ。なにせ、どんなに書けるヤツでも式の完成まで1分はかかる……だが、俺の刻印眼ならそれをすぐさま使用できる! 少しくらい腕が立つからって、調子に乗ったお前が悪いんだゾ!! せいぜい、のたうち回るがいいさ」


高笑いをしながら、己の力を誇ってみせるグランツ。


だが、しばらくして様子がおかしいことに気づく。


炎の渦のなかにうっすらと見える人影が微動だにしていないからだ。


身体を焼き尽くされるほどの業火のなかで、ただ立っていることなどできるわけがないのに。


そして、魔術の効力が切れ、炎が消え去る。


そこには、リーラリィネが立っていた。


「いやですわ、制服がボロボロになってしまいました。乙女の柔肌を無理やりあらわにさせるなんて……とても紳士の振る舞いとは思えませんわね」

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