お友だちに迷惑をかけてしまいましたわ

アルティアは武舞台の上から周囲を見回した。


だが、彼女が探そうとしていた姿がどこにも見当たらなかった。


「あの2人、どこにいったのかしら」


そう呟いたとき、アルティアは不思議なことに気づいた。


リーラリィネとミーシャなら、自分の試合を見に来るだろうと当たり前だと思っていたことだ。


「ワタシが……誰かに期待するなんて」


「あら、どうしたの? 何か気になることでも?」


アルティアに尋ねてきたのは、対戦相手であるファトゥナだった。


「いえ、別に」


「そうなの。でも、どこか気もそぞろじゃない? そんな状態で私とやりあって、勝てるつもりなら、ずいぶんと侮られたものね」


ファトゥナの話しぶりに違和感を覚えるアルティア。


なぜなら、彼女はその言葉とは裏腹に終始笑みを浮かべていたからだ。


「何か……したのですか? あの2人」


「あの2人って……ああ、貴方が仲良くしている平民と奴隷のこと? あんなゴミみたいな連中のことなんて知らないわよ。ああでも、貴方はゴミ拾いが好きなのよね。あはは! まったくいい趣味をしているわ」


「はぁ……まあいいわ。アナタが何をしたところで、リーラリィネをどうにかできるとも思えないもの」


アルティアの反応に、ファトゥナは一瞬だけ眉をつり上げた。


だが、すぐに余裕の態度を見せた。


「私はどうも、貴方を勘違いしていたわ。ミハイル様を慕っていることを除けば、もっと冷めた……身の程をわきまえた人だと思っていたのに。まさか、貴族としてのプライドさえ持たない愚か者だったなんて、ねぇ?」


「ファトゥナ様、おしゃべりがしたいのならぜひご自身の取り巻きとどうぞ。ここは試合をする場所ですし、ワタシはさっさと終わりにしたいだけですから」


「お願いします! 通してください! 私、伝えないといけないことがあるんですっ!」


アルティアの耳に、誰かが叫ぶ声が届いた。


振り返ると、係員に止められながらも、なんとか会場に入ろうとしているミーシャの姿があった。


「あら、アレって……貴方に用があるんじゃないの?」


明らかに慌てた様子のミーシャの姿に、アルティアも焦りを覚える。


しかし、武舞台から降りることにはためらいを感じてしまう。


そんな彼女の考えを察したのか、ファトゥナは静かに告げる。


「話を聞いていらしたらいかが? そのくらいの時間は待って差し上げますわ。私は心が広いもの、ふふふ」


「……ありがとうございます」


ファトゥナの見せる余裕の態度が気にかかったが、アルティアはミーシャの元へと駆けていった。


そして、すぐミーシャの様子とは別に、もう1つおかしなことに気づいた。


「ミーシャ、そんなに慌ててどうしたの? リーラリィネは一緒じゃないの?」


「それ! リリィちゃんが連れていかれちゃったの! なんか、グランツ何とかって言う……公爵家の人が来て!」


「グランツ……それって、ミハイル様の弟では? どうしてグランツ様が……いえ、それよりもアイツが『連れていかれた』ですって? そんなこと、あるわけが……」


アルティアの言葉に、ミーシャは大きく首を横に振る。


「本当は、ついていったの。あの人たち、リリィちゃんの知り合いらしいお爺ちゃんを連れてて……ついて来なかったら、そのお爺ちゃんにヒドいことするって。私も一緒に行こうとしたんだけど、『このことをアルティアに伝えろ』って置いていかれたわ。ねぇ、これってもしかしなくても!」


アルティアは振り返り、キッとファトゥナを睨みつけた。


距離があり、ハッキリとは見えなかったが、彼女がニマリと笑っている気がした。


「状況はわかったわ。貴方は……そうね、ミハイル様を探してこの話をしなさい。顔はわかるわね」


「うん、ちょっと前に試合をしたばかりだから。でも、生徒会長ってどこにいるものなの?」


「正直、わからないわ。でも、ほかの誰かに話したりしてはダメよ。先生であっても……どこにファトゥナとつながっている者がいるかわからないから」


「そんな! 場所が分からない人を探すなんてできないよ」


「この学園のどこかには必ずいる。おそらくはこの会場のどこかだとも思う。リーラリィネのことが心配なら、とにかく走り回りなさい!」


アルティアが発した力強い声に、ミーシャは背筋が伸びた気がした。


そして静かにうなずくと、会場を背に駆け出して行った。


見送ったアルティアは、自分もすぐに振り返った走り出す。


「お待たせしました、ファトゥナ様」


「かまわないわ。急ぎの用事だったのでしょう? それで一体どんなお話だったのかしら」


「ええ、とても大事な用件でした……なんて、白々しいわね。ファトゥナ様、アナタはさっき、ワタシについて勘違いしていたとおっしゃっていましたね? ワタシもアナタを勘違いしていました。貴族としてのプライドの高すぎて、傲慢になっているだけだと。まさか、本物のゲスだったとは思わなかったわっ!」


アルティアが怒気をはらむ声で言い放つ。


だが、ファトゥナはその言葉にむしろ口元を緩め、嘲笑交じりに告げた。


「これからその『ゲス』にボロボロにされるのよ、貴方。ぜひ、楽しんでいってちょうだいね?」

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