【幕間③】雪辱を果たす、手段を問わず
「よくもこの私に恥をかかせてくれたわね……この役立たずが!!」
夕暮れ時、誰もいないはずの教室のなかで、まるで獣の叫び声のような怒声が響き渡った。
ファトゥナが血走った目を向けている相手――それは選抜戦の初戦でミーシャと闘ったガリアンだった。
「申し訳ありません……でも、相手があんなに強えヤツだなんて聞いてなくて」
「黙りなさい! 戦闘能力だけは図抜けていると見込んで、お前のようなサル頭を取り立ててやったのに……あんな平民の小娘に負けるなどもってのほかよ! 金輪際、私からの後ろ盾はないものと思いなさい!」
「そんな、待ってくださいよ! あの女……普通じゃなかった。こっちが魔術を書くどころか、準備もままならない時間でいくつも魔術を撃ち込んできたんだ。あんなのは、仮にファトゥナ様だってどうにも……」
バキッ!!
「ガッ……がああぁぁ……っ!」
ガリアンが言い訳を述べ終わる前に、ファトゥナは手にしていた扇で彼の顔面を殴打した。
衝撃でガリアンの鼻の骨が折れ、ボタボタと鼻血がこぼれ落ちていく。
「私が、あの小娘に、敵わない……? もう一度言ってごらんなさい。次は顎から下を吹き飛ばしてあげるわ。いい? 私は六大公爵家たるシュトゥルハイムを継ぐ存在なの。そこらにいるゴミクズ同然の平民と、比べることさえおこがましいわ! お前は今後、私の前に現れることさえ許さない。もし違えたら、お前もお前の家族もマトモに生きていけなくしてやるわよ」
吐き捨てるように言うと、ファトゥナは教室から出ていった。
薄暗い廊下を足早に進むファトゥナの表情は、苛立ちを一切隠していない。
「なんてことなの! 今年こそ、平民を全部叩き潰して、二度と奴らが学園に入ってこれないように手を回すはずだったのに。使えると思っていた手駒には裏切られ、平民にはいいようにやられ、あまつさえ奴隷が校内を闊歩するなんて……何もかもが上手くいかないじゃない!!」
ドンッ!
息を荒らげながら怒りを言葉にしたファトゥナは、手近な壁を思い切り叩く。
その反響音は、誰もいなくなったはずの廊下の先まで届くようだった。
だが、その音の向こう側からスッと人影が現れた。
「おやおや、ずいぶんと荒れていますね、ファトゥナ様」
その声に一瞬、ファトゥナの目には緊張が映ったが、相手の姿を確認してすぐに冷静になる。
「なにかしら? 私の計画がめちゃくちゃになって、せせら笑いに来たわけ?」
「いえいえ、そんなつもりはありませんよ。むしろ、心配して様子を見に来ただけです」
そう言いながら、西日の影に半分隠れた顔からは、どこかにやけた雰囲気が見て取れた。
「白々しい……でも、私が失敗したら協力者であるあなただって困るのではなくて?」
「さあ、それはどうでしょうか。協力はしていますが、お互いの目的や利害が異なる……ということもありますよ。ですから、こちらから手の内を晒すような真似は遠慮させていただきます」
チッと相手に聞こえる勢いで舌打ちをするファトゥナ。
その憎々しげな表情を察したのか、男は先ほどまでとは違った優しい声で話し始める。
「そちらの企てがあの程度で終わり……というわけではないでしょう?」
「もちろんよ。まだいくつか手を回してあるわ。けれど……」
「成功するかどうか、不安なのですね?」
今度がキッと相手を睨みつけるファトゥナだったが、男はまったく動じない。
それどころか男は、先ほどよりも更に軽い口調で問いかける。
「ファトゥナ様は、ゲームを嗜まれるでしょうか? これがなかなか種類が豊富でして、カードを使うむもの、コマを掴むもの、サイコロを掴むものなど多岐に渡ります。そのなかでも、私は他者と競うタイプのものが好みなんですよ」
「はぁ? いきなり何を……私がそんな低俗な遊びをするはずが」
ファトゥナの反論を打ち消すように、男はさらに続けた。
「そのゲームのなかで、『絶対に負けない方法』というものがあります。どんなゲームでも、どれほどの苦境に立たされたとしても、絶対に負けない方法……なんだかわかりますか?」
「……金貨でもチラつかせるのかしら? あるいは、家の名で脅すのもアリだわ」
「これは、ファトゥナ様らしいお答えですね。確かに、それらも効果的ではあるでしょうが、絶対ではありません。もっとシンプルで、それでいて確実な方法ですよ」
「なんなのよ! いいから早く教えなさい!」
男のもったいぶった言い回しに、腹を立て始めるファトゥナ。
そして、今度こそ間違いなくニヤリと笑いながら男は楽しげに言い放つ。
「テーブルをひっくり返すんですよ。ゲームをしている場所そのものを、なかったことにしてしまえばいい。そうすれば、相手の勝ちも自分の負けも無かったことになるんです!」
「そんなバカバカしい話を聞かせるために、ここまで足を運んだの? とんだ暇人だわ」
「いえいえ、それが存外バカげた話ではないんです。なぜなら、ファトゥナ様には『テーブルごとひっくり返す』だけの力があるんですから」
「はぁ? あなた、本当に何を言っているの?」
「ゲームにはいろいろな種類があると申しましたが、どれにも共通点があるんです。それは『賭けになる』ということ。だからこそ、絶対に負けない方法に意味が生まれるとも言えますね」
「賭けになる、ですって? あなた……まさか!」
「ちなみに、選抜戦の間は正面門の警備が厚くなる代わりに、西門のほうは人員が少なくなっているとか……いや〜、みなさんお忙しいようで、頭が上がりませんね」
ここまで聞いて、アルティアの表情は怒りから焦りの色へと変わっていく。
「協力者が聞いてあきれるわね。『そんなこと』をしたら、私だってタダでは済まないじゃない!」
「いえいえ、これはあくまで負けた時の保険の話。要は勝てばいいんですよ。あなたの狙い通りに事が運べば、何も問題は起こらないのですから。あ、それでは私は別の用件がありますから、ここで失礼しますね」
それだけ言うと、男は再び廊下の向こう――影の中へと姿を消した。
「負けた時、ですって? 私が負けるなんて、あるわけないわ。そんなこと、あってはいけないのよ」
男が姿を消してからも、ファトゥナはしばらくその場に立ち尽くしていた。
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