選抜戦に黒い影が見えますわ②
「多分、そうね。少なくとも、ミーシャの試合は彼女が仕組んだものでしょう。あんな聞くに堪えない暴言を審判役の教師が、まったく注意しないなんてありえないもの」
「え? あれ、聞こえてたの? 結構、距離があったと思うけど」
ミーシャの言葉に、アルティアは大きくため息をついてみせる。
「遠耳(ハウル)の魔術よ。アナタ、とんでもない独自魔術を作り出すくせに、こんな初歩魔術を知らないの?」
「いや、それは知ってるけど……わざわざ魔術を使って聞いてるとは思わなくて」
ハッとするアルティア。
その姿にクスリと笑いつつ、リーラリィネは軽やかに説明する。
「そうよ、ミィ。アルティア様は貴方のことを心配して、ずっと様子をうかがってらしたのよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! それは……ファトゥナの動きが怪しかったから、警戒していただけでしょ! 勘違いを招く物言いはやめなさいよ!」
慌てながら否定するアルティアを、じとーっと見つめるミーシャ。
それに気づき、一度咳ばらいをしてからアルティアはお茶を口に運ぶ。
リーラリィネは改めて真剣な面持ちでアルティアに質問した。
「ですが、ミハイル様からは『自分たちにも選抜戦への干渉はできない』といった話を伺っています。ミハイル様も六大公爵家の方でしたわよね……それも筆頭だと。ミハイル様にできないことが、ファトゥナ様に可能なのでしょうか?」
「多分、ミハイル様の言っているのは『真っ当な手段では』という意味だと思うわ」
「それ以外の方法がある、と?」
「アナタは貴族というものをわかっていないわね。我々は『力』の象徴よ。それは武力であり、財力であり、権力であり……ありとあらゆる力を集約することこそ、貴族の務めだわ。六大公爵家ともなれば、絶大な力を持っていて当然!」
「方法にさえこだわらなければ、やりたい放題ということですわね」
「なんかそれ、すごくズルい気がするよ」
「だからこそ、貴族は貴族として恥ずかしくない振る舞いを求められるのよ。手にした力を軽く使うべきじゃないし、使うべき時、場所、条件を深く考える必要がある」
「色恋沙汰に使った人がここにいますけどね?」
真剣な面持ちで語るアルティアだったが、ミーシャが茶々を入れた。
苦々しい顔でミーシャを睨むアルティアだが、ふぅーと息を吐いてから口を開く。
「そうよ。あれはどう考えても軽率だったわ。貴族失格だと言われても仕方がないくらいね。だから、その借りは何が何でも返さないといけないのよ」
「そのために、ファトゥナ様を裏切ったとしても?」
「え? それじゃあ……」
「お察しの通り、ワタシはもともとファトゥナ様の取り巻きの1人だったわ。なにせ、パームグラフ子爵家はシュトゥルハイム公爵家の直参だからね。ああ、気にする必要はないわ。彼女にとっては、駒が1つ無くなった程度の話でしょうし、父と現シュトゥルハイムのご当主の関係は、娘同士のいざこざで壊れる程度のもじゃないから」
「では、ハッキリと言ってしまいますけれど……ファトゥナ様の悪だくみ、潰してしまってもかまわないですわよね」
「ええ、もちろん。むしろ、そうしなければ……ワタシとアナタで本気の勝負ができないじゃない」
「ちょっとちょっと! 私だっているんだから……勝手に話すすめないでよ」
ミーシャはわずかに頬を膨らませながら、2人の話を遮った。
「ミィ……アナタは無理する必要はありませんよ? 正直、かなり面倒な話だと思いますし」
「仲間外れなんてイヤだよ、リリィちゃん。私だって、できることはあるし……正直、公爵様に逆らうの怖くないって言ったらウソだけど。それでも! リリィちゃんに悪さする人なんて、許しておけないもん!」
「そうよ、リーラリィネ。この子はアナタのためなら、きっと何だってするはずだもの。そのくらい、アナタにご執心だから……ねぇ、ミィ?」
アルティアは再び、からかうように呼び掛けた。
「そうだよ! リリィちゃんのためになら、できることなんでもするから!」
アルティアのからかいなど無視するように、ミーシャはきっぱりと言い放った。
その姿に、アルティアのほうが驚いてしまう。
「ただ、あちらが何を仕掛けてくるのか……こればかりは見当がつきませんわね」
「……今回みたいに対戦相手を操作する、のは無理なはずよ。初戦以外は勝ち抜いた者同士が順次当たるようにあらかじめ組まれているからね」
「そうなると、別の方法で横やりを入れてくる……でしょうか?」
「あれだけの観衆がいるなかで、あまりあからさまなことはできないと思うけれど」
「でもさ……どうして私たちにアレコレしてくるの? 別に、こっちから何かしたわけじゃないのに」
ミーシャがごく当たり前の疑問を口にする。
「ワタシに対しては裏切り者だから……というのが順当ね。彼女、自分に従わない者を許してはおけないタチなのよ。まして、1度は犬だったワタシが離れていくのはプライドが許さないのよ」
「それだと、私とリリィちゃんは関係ないじゃん」
「言ったでしょ、プライドが高いって。それこそ、天を突き抜けるくらい高いの。だから、自分が通う学園に『平民』や『奴隷』がいるなんて絶対に認められないんじゃないかしら」
「なにそれ……バカバカしいよ」
「でも、それは貴族の本質でもあるのですよね……アルティア様」
「ええ、そう。『ワタシたちは違うのだ』『ワタシたちこそ相応しいのだ』と、証明してこそ貴族だもの。だから、こちらにできることと言えば、もう……」
「力づく、でございますわね」
「そういうことね」
涼し気な顔で言ってのける2人に対し、ミーシャは眉をひそめてしまう。
「ちょっと……2人とも物騒じゃない? あんまり危ないこと、しないほうがいいと思うけど」
「もうすでにやってしまった人が言うセリフ、それ?」
アルティアの言葉になんのことかさっぱり分からないという様子のミーシャ。
「私、何かしたっけ?」
ミーシャの返答に、アルティアは目をつむりながら額を押さえる。
そして、両者の態度をにこやかに見守るリーラリィネはカップに残ったわずかなお茶をそのまま飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます