ワタクシの友人はスゴいですわよ②

「おい、平民女。お前、ラクに負けられると思うなよ?」


ミーシャに向かって、いきなり暴言を吐いてきたのは対戦相手の男――ガリアンだった。


ニタニタと気色の悪い笑顔を見せながら、ミーシャに舐め回すような視線を向けている。


その雰囲気はあまりにも異様だったが、審判はまったく気にかけていない様子だった。


「あの……これってあくまで実力を試す試合ですよね。降参すれば終わりのルールですし、脅しにしてもちょっと」


「うーん? そんなもんはここじゃ通じねえよ。俺にはデカい後ろ盾があるんだ。お前みたいな平民に何しようが許されるくらいのな。まぁ……お前の場合は自業自得でもあるがなぁ」


「わ、私は何も……いけないことなんてしてません!」


ガリアンは小さくあくびをした後、再び薄笑いを浮かべながら告げる。


「したさ。いや、今もしてる。平民の分際でここにいやがる。それが俺の主様の機嫌を損ねたのさ。しかも、もう1人……奴隷の女ともツルんでデカい顔で歩き回ってただろ? そりゃ、不興を買うのも当然さ」


「私が学園にいること……リリィちゃんと一緒にいることが、いけないってこと?」


「ま……そういうことだ。無駄話はここまでだ。ここからはお楽しみだぜ?」


ジュルリと舌なめずりをしたガリアンは、躊躇いなくミーシャとの距離を詰める。


先ほどから俯き気味に視線を床に落としているミーシャは、彼の動きを見ていない。


「そうそう、諦めは肝心だぜ? 大人しくするなら、多少は加減を……」


「いけ、ヒューちゃん」


「は?」


気がついた時、ガリアンの口元はぱっくりと裂けていた。


唇の端からこめかみの前まで続く裂傷から、大量の血液が流れ出す。


「うげぇ! て、テメェ何しやがった!」


「やれ、ボーアちゃん」


「今度は……火が! あっちぃィィ!」


ガリアンの足元から炎が上がる。


咄嗟に後ろへ飛び退いたものの、靴の先は焼け焦げて、真っ赤になった指先が見えていた。


「クソ……油断したぜ。いったいいつの間にか式を書いてやがった。そっちがその気なら、手加減しねぇぞ!」


ガリアンは指先の光点で、自らも魔術式を構築しようとする。


「ダメだよ、そんな可愛くない魔術……ロンちゃんっ!」


ガリアンの手に穴が開く。


足元から吹き上がった細く鋭い水流によって、貫かれてしまったからだ。


「なんだ……なんだなんだ! 俺は……何をされてるんだっ!?」


「私ね……自分が場違いだって知ってるの。ここは、お貴族さまばかりで……私がいるのは間違ってるって言うのは、きっとその通り。でもね、リリィちゃんと出会ったの。私にとって最高に可愛い人に出会ったのよ! それを……それだけは間違いなんて言わせないわ!」


「うぅぅぅっ! 俺が、こんな小娘に……負けるなんて、そんなことあってたまるか! ええい、とにかくぶちのめしてやる、後悔させてやる!」


状況が飲み込めず錯乱したガリアンは、なりふり構わずミーシャへ突っ込んでくる。


「それも、全然可愛くない。だから、もう終わりでいいよね? ヴィヴィちゃんで止め!」


バチーーン!


一瞬、激しい閃光と炸裂音が演習場を満たす。


そして、ガリアンは身動きが取れなくなっていた――その体から、わずかに焦げ臭さを放ちながら。


審判はしばらく呆気に取られていたが、正気を取り戻してすぐ、ミーシャの勝利を宣言した。




「な……なにが、どうなっているの? どうしてガリアンが、あんな平民風情に」


ファトゥナはまったく予想していなかった結末に、大きく動揺していた。


それを察したアルティアは、彼女に視線を向けることなく淡々と話し始める。


「ワタシにはよくわかりませんが、あれがあの子の『可愛い魔術』なのだそうですよ。自分専用に組み上げ、効率化された魔術。それは通常の魔術式よりもはるかに短く、正確で……圧倒的! まあ、それぞれに人の名前を付けるセンスはどうかと思いますが」


「独自魔術の創造……そんなのは、才能に秀でたものが人生で1つ2つ持てるかどうかの、それを4つも!?」


「そうではありません、ファトゥナ様。ワタシが確認しただけでも、あの子は13の独自魔術を持っていました。実際はもっと、かもしれませんね。まったく……あんなとぼけた風体で、よくもまあアレほどの才能を持つものだと、本当に妬ましい限りだわ」


アルティアの言葉を、ファトゥナは叫ぶような声で非難した。


「貴族が……平民に嫉妬するなど、やはり貴女の誇りは腐ってしまったのね! ああ、所詮は下級貴族か……平民と大差ないじゃない」


「ファトゥナ様、ご自身が何をおっしゃっているか分かっておられますか?」


「私が、間違ったことでも言ったかしら?」


ファトゥナは勝ち誇ったように、アルティアを冷笑する。


ここでようやく、アルティアはファトゥナへと向き直った。


その視線には、明確に怒りの炎が見て取れる。


「魔術の才は、我々に線を引くものでございます。才があるものとないものの間に、そして才に恵まれたものと乏しいものの間にも。アナタには、ミーシャ・レコほどの才がおありでしょうか? あの子はここに……勇者学園に相応しくありませんか? もし、才に劣りながら才あるものを貶めようというなら、アナタこそこの場に相応しくないのではありませんか?」


アルティアの問いに、言葉を詰まらせ歯噛みするファトゥナ。


そして、何も言い返すことなく、足早にそこから立ち去っていった。


「ふぅ……面倒な女ね」


嘆息しながら改めて席に座るアルティア。


それを眺めていたリーラリィネは微笑みながら言う。


「アルティア様、いつの間にミィと仲良しになられたのですか?」


「……そんなわけないでしょ。ワタシはあくまで、あの才能が羨ましいと言っただけよ。あれだけ短く、効率的かつ効果的な魔術……可愛いどころか恐ろしいわよ」


「ミィにとって、『可愛い』というのは美しいとか優れているとか、そういう意味のようですわ。そして、彼女はその『可愛い』を何よりも愛している――それを突き詰めた結果が、ミィの可愛い魔術たちなのでしょう」


「アナタといい、あの子といい……どうして同じ年に入ってきたのか。本当に自分の運の無さを呪うわ。いえ、逆に考えればいいか。あの子と親しくしておけば、ワタシのために新しい魔術を考えてくれるかも、ね? 見返りがあるなら、友だちになってもいいわね……ま、ワタシはミーシャ・レコに心底嫌われてるんだけど」


自嘲気味に笑ってみせるアルティア。


直後、リーラリィネは思い切り立ち上がり、手を振りながら叫んだ。


「ミィ!! 初戦の勝利、おめでとうございます! カッコよかったですわよ!」


すると、その姿と声を見つけたミーシャは、リーラリィネに向かって両手を振った。


「ほら、アルティア様。ぜひ、ミィに祝福の声を。友人になりたいなら、まずは自ら行動しなくては!」


促されたアルティアは、面倒そうな表情を浮かべる。


だが、ゆっくりと片腕を挙げると、わずかに手を振ってみせた。


それを見たミーシャは、わずかに驚いた表情をしたあと、思い切り舌を出して拒絶の意思を示した。


「……やっぱり嫌われているわね、ワタシ」

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