ワタクシの友人はスゴいですわよ①

アルティアは観覧席にドカリと座った。


その席は、リーラリィネの席から3つほど離れたところ。


なぜか、2人の間には誰も座っていない。


「初戦の勝利、おめでとうございますアルティア様」


「ふん! なんとかギリギリってところだし、ちょっと嫌なヤツのおかげって感じもするし……正直、散々だったわよ」


「そうでございますか。けれど、ミハイル様は感心しておられましたよ? 見込みはある、と」


「ミ、ミハイル様がご覧になっていたの? というか、なんでアナタがそれを知っているの! まさか、一緒にいたってこと?」


悪態をついていたアルティアだったが、ミハイルの名を聞いた途端に慌て始める。


「落ち着いてくださいませ、アルティア様。どうも、ワタクシの『魔術』がバレないか、心配だったご様子でした。まあ、あの方にとってワタクシは使えそうな駒ですから、そういう配慮も仕方ないでしょう」


「……別に、ワタシは何も慌ててなんか」


ブーブー!


急に観覧席の一部からブーイングが響いてきた。


それはどうやら、武舞台にいる1人の少女に向けられているようだった。


「平民のくせに特待だなんて……生意気だぞ!」


「すぐに化けの皮が剝がれちまうからな! 無様に負けちまえ!」


その様子に、冷たい表情を浮かべるリーラリィネ。


スッと立ち上がり、声を荒げている生徒たちの元へ歩き出そうとした。


「やめておきなさい」


アルティアはリーラリィネを止めた。


「ワタクシは、ワタクシのお友だちを馬鹿にされるのを黙っていられるほどお人よしではございませんわ」


「いま、アナタが止めたところで何も解決しないわよ。いい? これが普通なの。身の丈に合わない立場を得れば、それは侮蔑や嘲笑の対象になる。そうでなければ、貴族なんて存在には意味がなくなるのよ」


「家名を比べて批判をすることに、大した意味があるとは思えませんわ」


リーラリィネは呆れたように言う。


だが、アルティアはそれを強く否定した。


「家名を誇り、威光を高めていくことは貴族の使命だわ。それを成せない者から滅びていくのよ。ほかの貴族に侮られ、民からの敬意も失えば、存在する意味を失う……だからこそ、『相応しくない者を認めてはならない』というのは、貴族の貴族たる証とも言えるわ」


「だから、ミィは罵倒されても仕方がない、と?」


アルティアの言葉に、リーラリィネは怒りの視線を持って返答する。


「おや、これはアルティアさんではありませんか?」


「これは……ファトゥナ様、ごきげん麗しゅう」


アルティアはいきなり声をかけてきた女性に、敬意を表す礼と共に挨拶を述べた。


「あらあら、嫌だわ。私と貴女の仲じゃない。そんなに改まらなくてもいいのよ」


「いいえ。六大公爵家たるシュトゥルハイムを継ぐファトゥナ様に失礼はできません」


「もう……失礼はできないだなんて。よくもまあ、そんな言葉が出てくるものですわ。そこの小汚い奴隷女と仲良くしておいて」


ファトゥナは手にしていた扇で、リーラリィネを指し示しながら、あざ笑うように言い放った。


「このような下賤な輩と関わりながら、いまさら失礼も何もないじゃない。ねぇ、アルティアさん。どうして貴女はこのような醜態を晒していらっしゃるの? せっかく私がミハイル様とこの女の密会についてお教えしたのに……貴女はミハイル様を慕っていたのではなくて?」


「そのお話については、どうやら誤解だったようでございます。ミハイル様がリーラリィネを呼び出したのは、生徒会長としての仕事ゆえだったと確認が取れましたので」


アルティアは一切感情を込めない声で、淡々と説明してみせた。


だが、ファトゥナはそれが余計に気に入らなかったようで、目を細めながら言葉を接ぐ。


「私が言っているのは、そういうことじゃないわ。貴女なら、そこのゴミを学園から追い払うと期待していたのに……よりにもよって、逆に取り込まれるなんて、みっともないにもほどがあるわ。しかも、もう1人……平民女とも親しくしているとか。貴女、よほどお父上の顔に泥を塗るのがお好きのようね?」


フンッと、鼻息を鳴らしながら言いたい放題にアルティアを罵倒するファトゥナ。


それをそばで聞いていたリーラリィネは、心穏やかではいられなかった。


拳を握りしめ、今にも殴りかからんばかりの怒気を放っていたが、それを静止したのはアルティアだった。


「何度言えばわかるのかしら。ここで止めたところで、意味なんてないって。言いたい人には、言わせておけばいいのよ。結果は必ず出るものだから」


「結果……結果ねぇ。そうそう! アルティアさんのお友だち、あの平民女の対戦相手は、私が目をかけていた供回りなのよ。いずれは、私を守る騎士にするつもりの、それはもう強いわよ? あと、少し乱暴。私には逆らわないように教えこんでいるけれど、それ以外の者……特に女性には何をするかわからないわ」


ニヤニヤと笑いながら、楽しそうに語り続けるファトゥナ。


「たとえば……降参が出来ないように口を塞いでから、あられもない姿にされたり、ね? でも仕方がないわ。そういうルールだものね。ああ、これだけの観衆の前で恥ずかしい姿を晒したら、もう学園にはいられないでしょうに。とても、残念だわ!」


「ファトゥナ様は、ずいぶんと空想がお好きなようですね。ワタシ、初めて知りました」


「なんですって?」


「これは失礼。空想ではなく、妄想でしたわ。ファトゥナ様がおっしゃったことは、何1つ実現しないでしょう。アレは、あの女はそういう性質のものではないので」


「あら、随分と肩入れするのね。けれど、貴族としての誇りを失くしたからといって、平民に期待を寄せるなんて……流石に惨めが過ぎません?」


変わらず嘲ってくるファトゥナだが、アルティアは頭を押さえながらため息混じりに返す。


「本当にそういう話ではありませんよ、ファトゥナ様。アイツ……ミーシャ・レコはワタシやアナタの想像の範疇に収まる存在ではありません。ああ、まったく……本当に、少し考えればわかることなのに。奴隷や平民という身分で、なんの後ろ盾も無しで特待に入れられる者が、マトモなはずなかったのよね。不覚だったわ」


「な……何を言っているのよ!」


「試合を見てれば、すぐに理解できることですから、どうぞご覧になってください」


そう言うと、アルティアは座っていた席に再び腰を降ろした。


リーラリィネも彼女を見習って、自分の席に座る。


「マトモじゃない……というのは、ワタクシとミィのことですの?」


「ほんと、自覚がないって言うのが一番タチが悪いわ」

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