お友だちの戦いを応援いたしますわ②
「魔術の同時発動……それも別属性の魔術を、だ。ゴッツが特待クラスに入った理由はアレにある。これほどの優位性を覆せる力が、彼女にあるとは思えないな」
アルティアとゴッツの戦いを眺めながら、ミハイルは冷たく言い放った。
「魔術を同時に使うのは、不可能だ……と聞いておりますわ。たしか、魔術式同士が干渉しあって、どちらも動かなくなる、と」
「そうだ。通常はそのように考えられているし、何も考えずにやろうとすれば絶対にうまくいかない。だが、そういうことができる人間もいるのさ。それが才能というものなのだろう。魔術というのは1つでも十分な効果があるし、それだけで勝敗が決まることも少なくない。それを2つ同時に扱えるとなれば、勝ち目など無いに等しい」
「確かに、あのような攻撃が同時に襲ってくるのなら……恐ろしいことかもしれませんわ」
「まあ、俺は一撃目で決着かと思っていたんだ。それを耐えてみせたアルティア嬢も十分に見どころはあったさ。来年以降の活躍は期待できそうだ」
ミハイルは席から立ち、その場を後にしようとした。
だが、リーラリィネは彼の腕をつかみ、それを止めた。
「せっかく見始めたのですから、最後までご覧になってくださいませ。勝つにしても、負けるにしても」
「な、なにを言っているんだ? 火球(ファイヤーボール)をまともに受けたんだぞ。戦闘不能に決まって……る、はず?」
ミハイルが改めて舞台上に目を向けると、そこには傷を負いながらも真っすぐに立つアルティアの姿があった。
「なるほど……思ったよりも面白いことができるのね、アナタ」
「確実に捉えたと思ったが……いったい何をした?」
ゴッツの問いに、アルティアは大きく息を吐いた。
「別に何もしていないわ。ただ、いつも通りに動いただけよ。どこかの誰かさんのおかげで、いつの間にかこういうのに慣れてしまったわ。まったく、いくら訓練のためとはいえ、奴隷の分際でワタシに容赦なく殴りかかってきて……いつか泣かせてやるわ」
「訓練……か。弱い者の悪あがきというわけだ。だが、それも結局はそのザマだ。多少、敗北までの時間が伸びたところで、何も変わりはしない。大人しく降参をしたほうが、余計なケガをしないで済む」
「少し前のワタシならそうしてたわね。才能の差は、実力の差は……どうにもならないもの。でも、それじゃ済まないことだってある! ワタシはアイツに借りを返さないと気が済まないのよ」
「ここに来てまだ馴れ合いか。だが、友情ごっこで勝てるほど私は甘くない!」
ゴッツは再び両手に光点を宿らせ、同時に2つの式を書き上げていく。
その動きを見て、アルティアもすぐに動く。
ゴッツに向かって駆け出したのだ。
「発動前に攻め切るつもりか? 浅はかだな!」
アルティアが剣の届く距離にたどり着く前に、ゴッツの魔術式が完成する。
「終いだ! 岩槍(ロックグレイブ)!」
アルティアの足元から勢いよく、巨大な岩の棘が突き出す。
だが、アルティアはその棘を大きく踏み込む。
そして、棘が飛び出す勢いに乗じて、思い切り前方に飛び出した。
「な……なにぃ!?」
一気に距離を詰めてきたアルティアに対し、もう1つの魔術を打ち出そうとするゴッツだが、その腕を剣の柄で叩き落とされる。
おかげで、発動した火球の魔術は、何もない上空に放たれて消えてしまった。
不意を打たれたゴッツだが、何とか態勢を立て直そうとする。
が、それよりも早くアルティアの剣が彼の首の横へと添えられた。
「まさか、同時発動と知って、捨て身で飛び込んでくるとは……!」
「捨て身? まさか! ワタシがそんな無謀な賭けに出るわけないわ。ちゃんと勝てるってわかっていたから、飛び込んだのよ」
「なに……?」
「魔術の同時発動なんて、ウソでしょう? いえ、これは少し語弊があるわ。大げさ、よね。正確には『同時に書き出した魔術式の時間差発動』ってところかしら? 上手く考えたものだわ。発動タイミングにわずかなズレが起こるといっても、それは微々たるものだったし、大抵の人間は魔術が同時に放たれているように見えるでしょうね」
「お前は……大抵の人間、じゃなかったわけか」
「まあ、これはたまたまみたいなものよ。たまたま、『魔術の発動タイミング』なんてものを注視しないといけない訓練に付き合わされたせい……アナタの言うところの、馴れ合いの結果だわ」
「……負かした相手に嫌味とは。情けというものはないのか?」
「あら、そういう馴れ合いは嫌いだったと思ったけれど……違ったかしら?」
アルティアの返答に、ゴッツは両手を上げて降参を表明した。
これにより、アルティアの勝利が確定したのである。
「これは……意外な結末だな」
リーラリィネに引き留められ、アルティアの試合を最後まで見ていたミハイルが感嘆の声を漏らす。
「アルティア様はこのくらいやってのけると信じておりましたわ。彼女は……とても才気にあふれた方ですもの」
「だが、今回の試合では魔術の力については確認できなかったな。いくら剣が強かろうと、やはり魔術の才に恵まれていないようでは」
ミハイルは急に言葉を止める。
リーラリィネの指が、彼の唇に当てられたからだ。
思いもよらない状況に驚くミハイル。
だが、そんな彼の様子を気にせずリーラリィネは告げた。
「そう思うのでしたら、ぜひ今後もアルティア様のことをご覧になられるとよろしいですわ。あの方の本当に力というものを、ミハイル様自身の目で確かめる以上に説得力のある言葉などございませんもの」
「……たしかにそうだ。では、アルティア嬢については、しばらく様子を見ることとしよう。俺にとって役立つというなら、誰でも大歓迎だからな」
「はぁ……。そのような物言いは、女性に対して失礼ではありません? せっかくの縁なのですから、『貴女さえいればいい』くらい言えないものでしょうか」
「ん? 悪いが俺が求めているのは、できるだけ多くの力と才ある者たちだ。どれだけの実力者であろうと、1人いればよい……などという話にはならん」
「アルティア様……これは選抜戦の相手などより、ずっと手ごわいようですわよ」
「ん? 何か言ったか?」
眉をひそめながら、リーラリィネが呟いた言葉はミハイルの耳には届かなかった。
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