お友だちの戦いを応援いたしますわ①

「どうやったのかは知らないが、何とか切り抜けたようだな」


生徒向けの観覧席で演習場を眺めていたリーラリィネに、いきなり声をかけてきたのはミハイルだった。


「これは生徒会長様、ご心配いただいたようで恐縮ですわ。この通り、無事に勝たせていただきました。もちろん、秘密も隠し通して……でございます」


「ふんっ! まあ、このくらいのことはやってもらわないとな。そうでないと、何のために便宜を図ってきたのか、わからなくなる」


「それはもちろん、ご自身のためでございましょう? ミハイル様はミハイル様のためだけに力を尽くしておられる……ワタクシにはそう映っていますもの」


「俺が何のために尽力しているか……か。まあ、お前のような身元も分からん女には理解できんだろうさ。国を、民を、率いなければいけない立場の気苦労など」


わずかに歯噛みしながら、ミハイルはリーラリィネに冷たい視線を向ける。


それを笑顔でかわしつつ、彼女は静かに言う。


「それはミハイル様……さすがに見る目が無さすぎるというものですわ」


「……どういう意味だ」


「さて、どういう意味でしょうか。あら、そろそろアルティア様の試合が始まりますわね」


リーラリィネの視線の先には、右手に剣を持つアルティアとそれよりも大きい剣を手にした男が向き合っていた。


「アルティア……ああ、お前をイジメようとして返り討ちにあった女か。それで……お前はあの女が叩きのめされるのを眺めて留飲を下げる気か? それはさすがに性格が悪すぎる気がするぞ」


「いやですわね。ミハイル様はワタクシをどれだけヒドイ女だとお思いなのでしょうか。アルティア様とはきちんと和解いたしましたし、良い関係を築けていると思いますわ」


「そ、そうか。それはすまない」


思いのほか素直な反応が返ってきたため、リーラリィネは少し拍子抜けしたような顔でミハイルを見つめる。


「な、なんだ? 俺が謝ったのがそんなにおかしいか?」


「いえ、どうもワタクシは少し、ミハイル様を誤解していたようですわ。もしかしたら、そういうところをアルティア様はご存じだったのかもしれませんわね」


「……?」


リーラリィネの言葉の意図をつかみ切れず、言葉を失うミハイル。


だが、リーラリィネの視線が別の方向へ向かったことで、彼もそちらを眺め始めた。


「リーラリィネ……アルティア嬢はお前の友人、なのか? なら、残念ながら彼女は運がなかったようだ。相手は特待クラスのゴッツ・ド・カーネルン……完全に格上だ。まあ、新入生にとっては洗礼の意味もあるからな。来年の頑張りに期待しよう」


「それは、早計では? 特待クラス……というのは、入学試験の成績で決まるものでございますよね。魔術の才能だけを実力と考えるのは、いかがなものでしょうか」


「……お前みたいな規格外にはわからないだろうが、魔術の才能はほかのあらゆる能力に勝る。剣で岩を裂くことはできんが、魔術には可能だ。槍で鋼を貫くのは難しいが、魔術なら容易だ。医者は傷を治すには数か月かかるが、魔術なら数秒だ。魔術こそ、我々の知りうる限り、もっとも強い力なのだ。だから、魔術の才を別の才で覆すのは一般的に恐ろしく難しい。勇者を目指すものにとって、これは常識なのだ」


「だとしても、アルティア様が『できない側』だと決めつけるのは早いでしょう」


「そうじゃない。俺が言っているのは彼女ではなく、相手の話をしているんだ」


今度はリーラリィネのほうがミハイルの言葉の意味を読み取れずに、少し間の抜けた表情を浮かべた。


それを見て、わずかに気を良くしたのか、ミハイルはさらに続けた。


「つまり、あのゴッツは『一般的な才能』では収まらないってことさ」




「では、ルールの確認は終わりです。お二人ともよろしいですか?」


問いかけてきた審判役に対し、アルティアは静かに頷いてみせる。


同じように、正面の男……ゴッツもわずかに頭を縦に揺らした。


「それでは、お互いに全力を尽くしてください。はじめ!」


合図と同時に、アルティアは腰にかけていた剣を抜き、構える。


ところが、ゴッツのほうは特に何もせずに、ぼーっと突っ立っていた。


「それは……ワタシを舐めているのかしら? それとも挑発?」


「いや、どちらでもない。これが私のスタイルというだけだ」


「そう……では遠慮なくいかせてもらうわ!」


アルティアは剣を脇に構え、そのまま一気にゴッツに向かって駆けた。


そして、確実に相手の腹をとらえた横薙ぎを放つ。


カキンッ!


「……なっ!?」


彼女の思惑は叶わなかった。


その剣は相手に触れることなく、アルティアの後方へと吹き飛ぶ。


それに引きずられるように、彼女自身も後ずさりすることにあった。


「いま、何を……?」


アルティアが目を凝らすと、ゴッツの腰を覆うように岩の壁が浮いていた。


「岩壁(ストーンウォール)? あの一瞬で? これは……なかなか」


だが、アルティアはすぐにおかしなことに気づいた。


それはゴッツの視線が自分を見ていないこと。


彼の目は、自分よりもずっと左側に向いていた。


だから、とっさに手にした剣で体の左側を防ぐような体勢を取った。


ボンッ!!


炸裂音と同時にアルティアの身体が再び吹き飛ぶ。


だが、今度はうまく受け身が取れず、倒れ込む形になった。


それでも、すぐさま立ち上がり、再び剣を構えてみせる。


「……おかしいわ。どうなっているの? あんなに間髪入れず、魔術を使うなんて」


「なんだ、防いだのか。意外としぶといな」


感情がまったくこもっていないような声で、ゴッツが言い放つ。


それを聞いたアルティアは、イラつきを隠さずに返す。


「あの程度でどうにかなると思っていたなんて、本当に舐めてますわね。特待クラスの生徒は、例外なく腹の立つ人しかいないのかしら」


クシュン!


どこかで誰かがくしゃみをする音が聞こえた。


「誰のことを言っているのかは知らないが、私はずっとこうやって生きてきた」


「それは……お友だちが少なそうだこと」


アルティアは全力で嫌味を言ったつもりだった。


だが、ゴッツはそれを鼻で笑う。


「友人など、弱いヤツが群れる言い訳にすぎないな。本当に強い者には、従う者がついてくるだけだ」


「……同感だわ」


今度はゴッツのほうが先に動いた。


そのおかげで、アルティアは相手の力の一端を見ることになる。


ゴッツは右手と左手で、それぞれ別の魔術式を書き始めた。


「魔術の同時発動……!?」


アルティアはとっさに後ろに飛びのく。


すると、先ほどまで立っていた場所に突き上げる形で、尖った岩が勢いよく生えてきた。


ドーン!!


危うく大ダメージを受けるところを間一髪避けたアルティアだったが、着地と同時に襲ってきた火の玉までは躱しきれなかった。

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