選抜戦の始まりですわ

「これはまた、ずいぶんと賑やかになっておりますわね」


勇者学園第一演習場。


学園の中央部に設置された学園内最大の施設であり、選抜戦の主たる会場でもある。


普段は外部の人間が一切立ち入ることのできない勇者学園だが、選抜戦の期間中における第一演習場だけは例外だった。


第一演習場は、それを取り囲む形で観覧席があり、この日は満員になるほど人であふれかえっている。


それを見上げながらリーラリィネとアルティア、ミーシャの3人は自分たちの出番を待っていた。


「当たり前よ。勇者学園の存在こそ、ガルガンディが大陸最大級の都市になった理由だもの。街に住む者は誰だって、新しい勇者の誕生を心待ちにしているし、その場に立ち会えるなら見てみたいと思っているわ」


「たしか、3年前に新しく認められた勇者……セルディ様のときは、大陸中がお祭り騒ぎになってたよ」


「魔物の侵攻は留まるところを知らない状態だもの。誰もがみんな、安心したいのよ……その気持ちには平民も貴族もないのかもしれないわね」


「あなたが言うと嫌味にしか聞こえないけど」


ミーシャが茶々を入れると、アルティアは視線だけで反撃してきた。


それを避けるように、ミーシャはリーラリィネの陰に隠れる。


「これだけの衆人の目を欺く……さすがのワタクシも少し緊張しますわね」


「まあ、いくら数がいるといっても、ほとんどは魔術とかかわりのない者ばかり。それに観覧席と武舞台にはそれなりに距離もあるわ。まず、気づかれたりはしないでしょう」


リーラリィネにくっつくように隠れていたミーシャも、改めて身を正してから言う。


「リリィちゃんなら、大丈夫だよ。正直、あそこまで完璧に『魔術に見せかける』ことができるとは思わなかった。多少、ブレがあってもいいように作ったつもりだったけど、もっともっと可愛い感じにすればよかったかなって、あとから思ったくらいだよ」


「使わない魔術の式にこだわってどうするの? あいからわず、意味の分からないことを言うわね、アナタ」


アルティアは嫌味を口にする。


だが、ミーシャはまったく聞く耳を持たずに続けた。


「でも……それでも、すぐ近くで見ている審判役の先生だけには気をつけてね。どんなにそれっぽく見せたとしても、やっぱり『魔術が発動していない』ってことに変わりはないから」


「そこはワタクシの腕の見せ所になりますわね。だから、何か問題が起こったとしても、ミィが気にする必要はありませんわ」


自分の不安をそのまま言葉にされ、表情が曇るミーシャ。


「大丈夫、ミィはワタクシのためにいっぱい頑張ってくれました。だから、その努力にワタクシも応えてみせますわ。つまり、ミスなど起こるはずがありません」


「どこからその自信が出てくるのか……まったく、羨ましい限りだわ。けど、本当に失敗したら許さないわよ。こんなところで退学なんてされたら、借りを返すも何もないんだから」


「ふふふ、ようやくワタクシへの嫉妬を認める気になったのですね」


「今のは言葉の綾でしょ! ほら、もうアナタの番よ。さっさと行ってきなさい」


「では、ワタクシの勇姿を皆さまにお披露目して参りましょう!」


リーラリィネは悠然と歩き出した。




演習場には、この日のために置かれた多数の武舞台があった。


どの舞台でも、生徒同士の戦いが行われており、日頃の努力の成果を競い合っていた。


その中の1つに自らの名前を呼ぶ教師を見つけ、リーラリィネは舞台へと上がる。


「奴隷の分際で、僕を待たせるなんて……ずいぶんと舐められたものだね」


先に舞台の上で待っていたらしい男が、薄紫に輝く長髪を搔き上げながら言い放つ。


「これは……大変申し訳ありませんでしたわ。ただ、既定の時間よりも少し早い……と思っていましたが、ワタクシが勘違いをしてしまったでしょうか?」


リーラリィネは審判役に尋ねるが、特に問題はないといった様子で首を横に振られてしまった。


「では、問題なしということですわね。とはいえ、先にいらっしゃって待っていただいたことには感謝いたしますわ。え~っと……」


「僕の名は、アガベル・バ・ブライスターだ。よ~く覚えておくといい……貴様の鼻っ柱をへし折る気高き男の名になるのだから」


「ワタクシの名はリーラリィネ。もちろん、覚えておきますわ、アガベル様。ワタクシ、一度聞いた名前は決して忘れないタチですもの。たとえ、それがどなたかの飼い犬の名だったとしても」


「なん……だと!?」


アガベルの目は大きく見開かれ、血走っていた。


同時に、手にした槍を構え、今にも飛びかかろうという様子である。


だが、それを静止したのは、審判役の教師だった。


「試合を始める前に確認だ。選抜戦は1対1で戦い、勝ったものが次の戦いに進む。勝利条件は相手を戦闘不能にすること、および舞台の外に叩き落すことだ。また、一方が降伏を宣言した場合は、対戦相手の勝利になる。武器・魔術の使用に制限は無し。ただし、勝負がついた後で、さらに追い打ちをする行為は反則とする。いいな?」


「よろしくてよ」


「ああ、承知している」


両者が説明を理解したと判断した審判は、すぐさま試合開始の合図をした。


「一撃で終わらせてやる! 超加速(アクセラレート)!」


先に仕掛けたのはアガベルだった。


指先の光点を素早く動かし、自らの脚に魔術式を書き記す。


直後、常人とは思えない勢いでリーラリィネに向かって跳躍しつつ、手に持った槍で突きを放った。


ヒラリ。


だが、リーラリィネが半身をかわすと、その一撃はすんなり避けられてしまう。


「チッ! 運よく避けたな……だが、次は」


「いいえ、今度はこちらの番ですわ」


アガベルが振り向き、次の攻撃を繰り出そうとした瞬間、リーラリィネはさっと魔術式を書いてみせた。


だが、それはあまりにも早すぎるものだった。


「おいおい……そんな短い術式で、何ができるっていうのかな?」


基本的に、魔術式は長ければ長いほど効果が大きいとされている。


そのため、使用する魔術式を完璧に覚えることはもちろん、それをいかに早く書き上げられるようになるかも、魔術の訓練として重要だとされていた。


そして、リーラリィネの書いた魔術式はたしかに早かった。


だが、それは書くのが速いのではなく、式自体がとても短かったからだった。


「手からそよ風でも吹かせるつもりか? そんな遊びみたいな魔術で……何ができるってんだ!」


「では、ワタクシのそよ風で退場していただきましょうか。起風(ブロウ)!」


ドンッ!!


それはまるで、巨大な壁が駆け抜ける馬の如くぶつかってきたような衝撃だった。


アガベルの肉体は、彼の身長の2倍ほどの高さまで吹き飛び、そのまま隣の武舞台に落ちてしまう。


あまりの衝撃に気を失った彼の身体は、まるで投げ捨てられた人形のようにゴロゴロと転がった。


「あら、ワタクシとしたことが、少し加減を間違えてしまいましたわ。あの方、大丈夫でしょうか」


「……あ! り、リィラリーネ、キミの勝ちだ。済まないが私は医療班を呼んでくるから、しばらくここで待機していたまえ」


そう言うと、審判役の教師は慌てて走り去ってしまった。


「どうやら、ワタクシの『魔術』は見破られなかったようですわね。まあ、ミィの作ってくださった式と、ワタクシの実力があれば当然ですけれども」


そう呟きながら、自分が歩いてきた方向に目を向けると、嬉しそうに手を振るミーシャの姿が目に入った。


リーラリィネもそれに応じるように、その手を高く上げてみせた。

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